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2月29日(水)
今朝の雪には驚いた。 車で出勤することは諦めてまずは歩きだした。 ![]() ブルブル…… でもね、 雪の風景に子どもが入るととたんに景色が明るくなる。 ![]() 今日はみんなにお給料を払う日だったのだが、いやあ銀行までの距離の長かったこと、筋肉痛になりそうなくらい下半身を緊張させてソロリソロリと歩いたのだった。 春の鹿幻を見て立ちにけり 雪降る日に出会うと身体がほかほかして来るような一句だ。 いい句だな、 誰の句だろうってみると、藤田湘子ってあった。 ああ、そうなのか……。 知らなかった。 奥坂まやさんの「鳥獣の一句」の今日の句より。 (奥坂まやさんのこの連載の選句がとてもいいと思う。) 「押野君の受賞を報告すると、今里沙子さんが涙する」 こちらは小澤實さんの「俳句日記」。 押野さんのために泣いてくれる俳句仲間がいるのか…… やっぱり気持があったかくなる。 そして、小島ゆかりさんの「短歌日記」。 この方、どこかゆったりとして、いいなあ…… 文章にも短歌にもわたしは癒されてしまう。 「あたたかな余白」がいつもあるのだ。 新刊句集の紹介をしたい。 金谷洋次句集『天上』。 第1句集である。 俳誌「屋根」同人。序を斎藤夏風主宰が書き、跋文を深見けん二氏が寄せている。 金谷洋次君の俳句の特性を言えば、大きくは、智性を備えた市民の明るさということだと思う。「屋根」に入会以来、全く変らぬ個性なのだ。まず対象へのひかれ方だが、行動が先にある。手ぶらで行動、その中から発生した感動が俳句を生む。初感を最後まで大切にする。 斎藤夏風主宰はまず序文でこのように書いている。「手ぶらで行動、その中から発生した感動が俳句を生む。」とあるが句集を読むとそのことが本当によく分かる。 芋植ゑて眩しき空へ立ち上がる コロッケが良く売れ田端日の盛り かげろへるままにしなひて伎芸天 どれを見ても出会ったものの生地を損なわず作品にしている。その裏に、嫌味のかけらも無い人間性と市民性が気持よい。 序文のことばである。 お涅槃の仕度の僧に朝日かな 桜貝子の手にあればその色に 鰻屋の奥はざぶざぶ水流す 水桶に鳴り出しさうなトマトかな 虫売の虫聞きながら休みけり ゆつくりと波音届くさくらかな 路地売の筍の値は皮に書く またひとり水に触れゆく夏帽子 雨ぽつり人声ぽつり施餓鬼寺 月の座の片隅に置く笛袋 手にほぐす種あたたかき枯芙蓉 客引の白息までもネオン色 牡丹にゆふぐれ色といふもあり ふるさとの畳さらりと昼寝かな 死は不意の微かな震へ冬の蜂 手垢のつかない句が並ぶ。「手ぶら」でのぞみ、まさに現場で獲得した景であり季節の手応えがしかとある。 金谷洋次さんのこの句集『天上』を読んで一番感じたことは、御家族への愛情のこもった句が多いということである。 と深見けん二氏の跋文ははじまる。 長き夜や愛する者はみな静か 父の咳すこし遅れて母の咳 春セーターふはとはおりて野の妻よ とりわけお父さまへの思いは深い。 天上に父の座ひとつ朴の花 句集名「天上」の一句である。ほかにも、 読み耽る癖父に似て鷗外忌 父のもの着て父の如夕端居 そした最終章には、「父栄次郎逝去」の前書で父上との永訣の俳句が並べられる。 父逝けりダイヤモンドダスト舞ふこの日 寒の水ふふませこれが訣れかと 白息の訣れを告げて棺を閉づ 働いて働いてけふ雪の荼毘 兄と食ふ茶漬の音や外は雪 落暉負ひ父の墓へと枯野道 そして著者金谷さんのお父さまへの思いは、「天上」の句へと還っていく。お父上のご生前に作った俳句であるようだが、お父さまへの今の思いはこの一句につきるのではないだろうか。 集名は初期のころの作品「天上に父の座ひとつ朴の花」から採った。故郷の母が今でも好きだと口ずさんでくれている。テレビの俳句番組で採用されその放映後、その頃まだ元気だった父が「俺はまだ生きてるぞ」と笑いながら電話をしてきた。妻の父が「よい句ですなあ」としきりに感心してくれた。その二人も近年相次いで鬼籍に入った。俳句には無縁の二人ではあったが、この一冊を少しでも喜んでくれればと願っている。 「あとがき」の言葉である。 稲架掛けて手に取るやうに山の晴 「手に取るやうに」が何と適切な表現であろうか。一つ一つの山がくっきり浮かぶが、そこには作者が生れ育った富山の風景が重なり、その里の生活が詠まれているのである。俳句は、目前のものに、その人の全体験が重なって大きく宇宙につながる詩だとつくづく思う。 深見けん二氏の跋文より引いた。 わたしもこの句は好きな句だ。この句もそうだが、著者の写生句はどれも気持がいい。一句を支配する空気がきれいだって思う。清爽闊達そんな言葉がぴったりだ。 句集の担当は愛さん。ちなみに愛さんの好きな句は、 恋猫のはずが此奴のよく眠る 「このふてぶてしさ、好きですねえ」って笑いながら愛さん。 わたしは、この句。 涼しさや足首細き少年僧 「足首細き」少年僧の未熟さが涼やかだ。 ![]() 以下は駄弁ですので、読まなくてもいいんです。 ああ、でも言わずにはいられない。 実は「足首細き」でおとといの夜のテレビ番組の山P(山下智久クン)を思い出したのだ。 このところいっそう美しくなった山Pであるが、 あの美しい細い腕はあいかわらず完璧だった。 いやあ、山P、美しかった! どんどん最強の美しさになってそれはもう眩しいほど。 わたしなんてテレビの前で固まっちゃったもんね。 踊りも相変わらずエレガントにしなやかだし、なにしろあの腕、山Pの腕には魔物が潜んでいる、ってわたしはそう思っている。 (自慢じゃないが、このわたし、何べんも生(なま)山Pを見てるんだ。) こんど山Pを見たら、腕を見てごらんなさいませよ。 クラクラしてくるから…… あっ、 今日は歩いて帰るんだった。 こうしちゃいられない。 帰ります。 滑らないようにしなくっちゃ。 じゃ。
2月28日(火)
うっかりしてた。 今日は燃えるゴミの回収日だったのだ。 回収車がもうわたしん家の前を通り過ぎて路地の奥まで行っているあたりで気づいた。 (ウーン!やばい、でもまだ間に会うぞ。) とわたしは脱ぎ捨てたばかりのパジャマに再び脚をつっこんだ。 上はまだ肌着の状態だ。 しかし、かまやしない。ユニクロのヒートテックの黒のインナーだから肌着なんて誰もわかりゃしない。 それからが大変、家中のゴミというゴミをかき集めたゴミ袋をワシとつかんで勝手口から叫んだ。 「ゴミ、ありま~すっ!」 もはや行きすぎようとしている回収車はわたしの家の前でぴたりと止まり、そしてパカッと口を開けた。 (っていうか空いたまんまなのかもしれなかったけど、わたしにはわたしのために口を開けてくれたように思えたのだ) わたしはその口の中にゴミ袋を勝ち誇ったように放りいれて、別れを告げたというわけね。 回収者のお兄さんたちも車から降りて来ず、わたしは肌着姿という不名誉な状態を彼らに見られることもなく(と思いたい)無事に今日一日が始まったというわけである。 こうして肌着とパジャマという組み合わせの不本意な姿を世の中にさらしたわたしではあったが、日頃の心掛けがいいのだろうか、わたしには素晴らしく素敵なことがあった。 贈りものが届いたのだ。 深見けん二氏の奥さまの龍子夫人からだ。 こんなお手紙が添えられている。 記念日、おめでとうございます。 ますますの御活躍を願っております。 今まで息子たちの結婚、孫誕生といろいろと刺して参りましたが、此の頃は目が悪くお恥ずかしいものです。 「記念日?」ってふと思って、(ああ、そうだった!)3月3日はふらんす堂の創立記念日だったんだ。って思いだした。 嬉しい!! 深見先生の奥さま、覚えていて下さって、しかもこんな素敵なクロスステッチの刺繍の作品を下さったのだ。 そのお気持ちが何より嬉しい。 わたしはさっそくふらんす堂のゲストルームにこうして飾ったのだった。 ![]() 全部刺繍よ。もっと近づくと、 ![]() お気持ちがすごく嬉しい。 しみじみとわたしの身体に浸透してくるようだ。 なんというかデリカシーなど向うの方へふっ飛ばしバサバサとまわりのものなぎ倒して風を切って生きてるような雑駁なヤツだ、yamaokaは。 しかも肌着とパジャマでもヘイチャラなyamaokaでもある。 そんなヤツをこうしてあたたかな心遣いで応援してくださる。 (ククウッ…) お気持ちが骨身に沁みる……。 深見先生、そして龍子さま、 ありがとうございます!! 本当に嬉しいです。 明日は新刊句集の紹介をします。
2月27日(月)
![]() 花びらが冷たく透きとおっている。 今朝のインターFMの「バラカンモーニング」の曲はイカシテいた。 LEONARD COHENのAMEN。 けだるく唄う「アーメン」がすごくいい。 腸に食い込んでくる。 ピーター・バラカンは本当にいい趣味しているなあって思う。 車を運転しながらのほんの数分の幸せだ。 さて、昨日の毎日新聞の新刊紹介では、ふらんす堂刊行の二冊の本が紹介されている。 まず、大関靖博句集『五十年』。 梅林に光林の水流れをり 07年以降4年間の作品をまとめた第4句集。句作を始めて50年を記念。骨格の確かさと季語への信頼を感じさせる。 そして、『シリーズ自句自解1 ベスト100 高橋睦郎』。 自選100句に1ページのエッセイを添えるシリーズ。自伝小説のような自解は、短文ながら磨き抜かれていて引き込まれる。 おなじ毎日新聞の岸本尚毅さんによる「俳句月評」では、「遺風を伝える」というタイトルで冊の句集が紹介されている。島田刀根男句集『朱夏』(邑書林刊)、小檜山繁子句集『坐臥流転』(角川書店刊)、六角耕句集『山百合」(文学の森刊)、そしてふらんす堂刊行の舘野豊句集『風の本』である。 高浜虚子、加藤楸邨、飯田龍太などの遺風を伝える門下の俳人が健在であることを素直によろこびたいと思う。 とそれぞれの句集を紹介しながら岸本尚毅さんは書いている。 舘野豊句集『風の本』については、 探梅や沖に生まれし雲迫る 花びらのやうな月出て一の酉 夕潮に橋脚そびえ燕去る 朴咲くや雲のうしろの月明り 雨の音雨だれの音青胡桃 風に乗る紙飛行機山笑ふ 夏木立風手渡してゆくやうに を引用し、「清新な句をみせた」と評を寄せている。 珍しいお客さんが来た。 数年前に営業代行を依頼していた門田克彦さんだ。 ふらりとやってきた。 ややっ、今までと持ち味がちがぞって思ったら、髪の長さだった。 むかしは長い髪をひとつにまとめて暗さをアッピールしていたのをばっさりと切ってしまった。 ちょっと堅気風だ。 「どうしたの?」って聞くと、 「結婚しました」って神妙な面持ちで言う。 「あらまあ、それはおめでとう」ということで久しぶりに近況を聞くことになった。 営業代行の仕事はいくつかの版元のものを続けていて、それとは別に「夜の喫茶店」なる「よるのひるね」というお店を阿佐ヶ谷でやっている。 「今年で10周年になります」っていうことで、こちらも「おめでとう」だ。 「よるのひるね」は、いろんなイベントをこれまでやってきた。 意欲的な詩の朗読会などもあって、わたしはそこで歌人の東直子さんを存じ上げるようになったのだ。 ![]() 「いまはなかなか大変です。でもなんとか頑張っています」といい笑顔をみせてくれた門田さんだった。 (窓にきいちゃんがいる。今日はゆっくりしていったきいちゃん。) ちなみに奥さまはイラストレータの腹肉(はらにく)ツヤ子さん。 「ぼくは45歳で結婚したんですが、『晩婚のすすめ』っていうイベントをやろうと思っているんです」ということ。 あらあら、まあまあ……。 フン、お仕合せそうでなによりねっ。 わたしだって、いい音楽聞いて幸せだもんね。 ちなみに、今日のおまけ。 わたしがグッときた音楽を、視聴したいひとはここ。(↓) 別に無理して聞かなくってもよくってよ。 LEONARD COHEN"AMEN"
2月26日(日)
![]() 銀座はひさしぶりである。 今日は大学時代の友人たちに会うことになっている。 友人でフランス文学者の高遠弘美さんの歓送会を昼食をともにしながらやろうということなのだ。 高遠さんは大学でフランス文学を教えながら、翻訳書や著書も多くなかでも最近のプルーストの翻訳への意欲的な仕事はすばらしいものがある。 ふらんす堂からもエッセイ集『乳いろの花の庭から』を刊行させてもらったというご縁のある方だ。 その高遠さんが、この度在職している大学からの派遣でパリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーヴェル)の在外研究員としてパリに行くことになったのである。滞在期間は一年から二年の予定であるということ。 それじゃあ、私たちで彼を見送ろうじゃないかということで集まったのだった。 「パリに行ったら泊まらせてくれよ」とか、 「案内を頼むわね」とか、 集まったみんなはパリに足場ができたとばかりで嬉しそうである。 十三区に住むんですってさ。 きっと高遠さんはそこでプルーストを訳し続けることだろう。 高遠さんの書く日本語は美しい。 プルーストの翻訳者としてさらなるバージョンアップを果たし帰国することだろう。 ところで、40年ぶりくらいでことばを交わした隣にすわった岡野くんが「フランス文学専攻」とは知らなかった。 岡野くんは25年ほどニューヨークでカメラマンとして仕事をしていたのだが、最近日本に帰ってきたのである。当分日本を足場にして仕事をするらしい。 「へえー、仏文だったの。いったい卒論は誰をやったのよお?」って聞くと、 「レーモン・クノー」って答える。そして、 「『地下鉄のザジ』っていう映画があるでしょ、あの作家」ということ。 「へえー、そうなんだ……」 このレーモン・クノー(Raymond Queneau,)ウイキペディアによると、「フランスの詩人・小説家。『地下鉄のザジ』、『文体練習』などの実験的な作風で知られる。」とあり、しかもあのドゥ・マゴ賞の最初の受賞者で、賞の創設の契機となった作家であるとは知らなかった。 ふーん、岡野くん、そうだったんだ。 わたしは更に岡野くんに尋ねた。 「でさニューヨークにいた時、日本の小説とか読んでたの?」 岡野くん、ニヤッと笑って 「ほとんど読まなかったかなあ……、ああ、でも漫画は読んだよ。業田良家の『自虐の詩』。知ってる?」 「知らないわよ。」 「1と2とあってね、2が泣けるんだよ。読んでみてよ、号泣するよ」って岡野くん。 わたしはメモ帳に「自虐の詩」って書き記したんだけど、別にいまんとこ泣きたくないから読む気ないな……。 このブログを読んでいる人はご存知? 『自虐の詩』 泣けるんですって……。 しかし、ニューヨークでカメラマンとしていっぱしの仕事をしている男が日本の漫画を読みながらオイオイと号泣しているなんて、ちょっと笑っちゃう。 同級生って不思議なもんだ。 40年ぶりに会っても昨日別れたがごとく、会話がすすむ。 やあやあやあと名刺の交換をするわけでもなくて、もう学生ではないのだけど、そしてみんなそれなりに生活をし仕事をしてきたわけだけど、「この漫画おもしろいから読めよ」なんてそれはまったく学生時代の会話である。 「写真、ブログに公開してもいい?」ってみんなに聞いたら、 「かまわないよ」って言うんで、 公開します。 わたしはいないけど、いい歳だってわかっちゃうなあ…… ![]() (さて、『自虐の詩』でおお泣きをした男は誰でしょう?)
2月25日(土)
誰もいない仕事場でブログを書きはじめた。 今日は少し遠出をしていまさっき戻ったところである。 俳人の石田郷子さんが住む飯能市の奥の名栗村まで遊びに行って来た。 名栗村はいまは里人たちがこぞって「ひな飾り展」をやっているのだ。 郷子さんの住んでいる山雀亭もすばらしい演出で雛さまが飾ってあり、ほか古民家の雛飾りなど都合七軒が参加してゴージャスな雛祭が展開されている。 わたしも雛の客のひとりとなって雛の家に呼ばれたのだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() こういう立派な雛段がいくつもあって圧倒される。 なかには大正時代の古雛などもあり、雛といってもそれはさまざまだ。 ![]() 「石山の月」と銘があって、たぶん紫式部の人形かと思う。 ![]() なかなかいいでしょう。 箒があまりにもよくできているので、感心してしまった。 それでは、お待たせいたしました。 ジャーン! 今日見たなかで一番美形だった左大臣。 左大臣は若くてどれもそれなりに美しいのだが、 (左大臣はかならずチェックね) こちらのが最高だった。 ![]() どうです! 美しさに心が動転してしまってヘンなアングルになってしまったけど、すばらしい美男っぷりだと思いません?! わたしは今日の雛祭にすっかり満足して、名栗の山里をあとにしたのだった。 して、自分の家の雛さまを飾ることをすっかり忘れていたことに気づいたのだった。 雛の持ち主ががんばって飾ると言っていたが、 どうなることになるんだろう。 「雛を飾ると恋人ができる」というをよく分からない謂れを信じているらしいが、まだ飾ってないところを見るときっとと今年もダメなんじゃない?
2月24日(金)
![]() 三姉妹なのだが、もうひとりはどんどん遠くへ行ってしまった。 ツイッターでさがしていた西脇順三郎のことばを発見した。 詩はもう真理の探求ではない。感情の芸術でもない。宗教や倫理の代用品でもない。人間の記録でもない。人間に与えられた唯一の装飾である。 ウーム……。 「装飾」か。 やるな……。 それはそれとして、新刊句集を紹介したい。 ユニークな句集だ。 谷野みよ子句集『巴ゆりの』(ぱゆりの)。 「巴ゆりの」とは聞きなれないことばだが、著者の谷野(たにの)みよ子さんの造語である。 あえて言えば著者の人生に影響をあたえた地名をドッキングさせたもの、と言ってもいいかもしれない。 「巴里(パリ)+油利野峠」=「巴ゆりの」である。 フランスのパリは著者が若い頃から何度も通ったところであり、油利野峠とは山口県宇部にある故郷の旧名であり、母上の介護でやはり何年間も通いづめた場所である。この思い出深い地名を合わせた句集『巴ゆりの』をこの度上梓されたのだ。 句集は、「パリ」「油利野峠」「旅」「日常」の四つの章からなる。 すずらんのこぼるる音や夜明け前 (パリ) サルプレイエルケーキひとつ冬日かな (パリ) 夕焼けや革命広場人群れて (パリ) 春雨や色濃く高き伊吹垣 (油利野峠) 乗り捨てし自転車光る夏野かな (油利野峠) 濡れ縁や蜜豆の色数へたり (油利野峠) 捨てる絵も残す絵も春告げてゆく (油利野峠) 絵羽織の入学式や女坂 (旅・京都) 御仏に対座してゐる紅葉かな (旅・京都) 金箔と競ふごとくに雪降れり (旅・金沢) 片付かぬこと多くして夕時雨 (旅・松山) 漆黒の屋根歌舞伎座の名残雪 (日常) 刃を入れて冬瓜の種多きこと (日常) この四つの章は別丁としてそれぞれに色紙を用いた。著者谷野さんのこだわりである。 パリの章は赤。「油利野峠」は白、旅は青、「日常」は黄色というように。 そしてこの赤、白、青、黄色がこの句集のテーマ色である。 造本はペーパーバックスタイルの軽装版であるが、徹底的に著者のこだわりがある。 題字と表紙のデザインは、パリ在住の書道家今井陽子氏の手によるものである。 ![]() パリの街を一人で歩いていると、大切な人と二人で歩いていると感じることがあります。 十七区は好きな場所です。パリと故郷の宇部。この二つのエリアを何年間も通い続けました。時に、同じ私なのだろうかと自問さえしながら。 帯に書かれた著者のことばである。 ちなみにパリの「十七区」ってどんなところなんだろう。 パリの街は好きだけど、パリに精通しているわけじゃないんで、よくわからん。 北西部に位置しモンマルトルの丘の西にあたりセーヌ川の北に位置するっていうことはウイキペディアで調べたが、「十七区」がどんなところかはパリジャンやパリをよく知っている人間でないとわかんないだろうなあ、「十七区、ふふん、あそこね!」なんて言えるくらいパリに親しくなってみたい。 著者の谷野みよ子さんが羨ましい。 ところで、今日のニュースで、フランスで敬称「マドモアゼル」が使用禁止になることを知った。 敬称によって未婚、既婚の性差別があるということだ。 しかしながら、ちょっと残念である。 わたしの経験では、既婚、未婚という区別であるよりも、「一人前の女性」と「いっぱしでないヒヨッコ」という区別があるように思えて、大人中心主義であるフランス国においては「マダム」と呼ばれていっぱしという感があったのだ。 ベルギー人エルキュール・ポワロが、首をちょっとかしげて、 「マドモアゼル」と言う時は、「まだまだヒヨッコの女の子」っていう少し軽んじた意味があるように思え、 「マダム…」とポワロが言う時はこれまたひどくうやうやしい。 ポワロにおいては既婚、未婚はこの際関係ない。 「マダム」は女の内面の歴史がもたらす貫録への敬称なのだ。 均一化されてしまうとその微妙なニュアンスが失われる。 「マダム」と言われて女はナンボのモノよ、っていう感があるので、ヒヨッコもおしなべてマダムかって、思ってしまうんだなあ、これが……。 婚姻によって規定するんじゃなくって、女をグレードアップさせるための「マダム」という敬称は悪くないんだと思うんだけど……。 どう思います? ちなみにこのyamaokaは、押しも押されぬマダムであると思っておりますが、わたしの心にはヒヨッコのマドモアゼルも棲んでおります。 そのマドモアゼルがたまらなく愛おしいと思うことさえあるんです。 これからはマドモアゼルはわたしの心の中にだけ生きづつけるってことか…… フランス国が見捨てたマドモアゼルをわたしは大切にひそやかに育てていくつもり。 しかし、マドモアゼルということばが使用禁止になったということについては、性差別の事実と歴史があったが故ということを知ることも大切なことだ。 そのことによって辛く耐えられない思いをしてきた女性たちがいたのだ。 その使用を禁止することによって、差別から解放されるのであるならそれは前進と受け止めなくてはいけないと思う。
2月23日(木)
![]() 真ん中のコは目がつぶれていた。 おいしいお煎餅をいただいた。 お煎餅に目がない、おなじ星からやってきたわたしたちは、バリバリとみんなでいい音をたてては「おいしいねえ」と目を細めてお煎餅を堪能したのだった。 あんまり美味しいもんだから調子にのってもう一枚とつい食べ過ぎてしまった。 ところがですねえ、お煎餅というものはお腹のなかで膨れるのです。 スタッフの愛さんも緑さんも、「なんだかお腹が苦しい」と言いながらさっき帰っていった。 ブログを書いているわたしも今日の夜の献立をまだ考えたくない、 少なくともご飯粒はもういいや、 そんな気分である。 余談だが、スタッフのPさんは、牛乳を飲みながらお煎餅を食べるのが大好きなんだそうである。 「信じられない」と誰かが言うと、 「おいしいですよ。これが。今度やってみてください」とすました顔で言う。 牛乳とお煎餅か…… やりたくないな。 「わたしのお兄ちゃんもこの組み合わせが大好きです」と再びPさん。 Pさん家にはきっと常備品としてお煎餅と牛乳が備えられてあったんだろうが、いったい親は(わたしはよく知っている人ですが)子どもがそのような食べ方をしていることを知っていたんだろうか……。 まっ、どんな食べ方をしたっていいんだけど。 仙川で句会の指導をされている俳人の小澤實さんが、帰りがけにふらんす堂に立ち寄ってくださった。 今年は一年間ホームページの連載「俳句日記」をお願いしている。 「はじめられて、いかがです? 毎日大変じゃありません?」とお尋ねしたところ、 「いいえ、楽しくやってます。」と明るいご返事である。 「ただ、いろんな人が見てくれているんで、日記のために例年より展覧会へ言ったり音楽を聞きに行ったりしていささか見栄を張ってます」って小澤さん。 「見栄を張る」。 いいじゃあないですか。 大いに見栄をはって好奇心を広げてください。 そのことがまたわたしたちを豊かにしてくれるんですから……。 ![]() 今話題になっている岸本尚毅著『虚子選 ホトトギス雑詠選集100句鑑賞・秋』を差上げると、興味ふかそうに読みながら小澤さん、こんなことをおっしゃる。 「むかし、波多野爽波の句会に行ったときに、この『ホトトギス雑詠選集』の句の書き取りをやらされました。(田中)裕明君と一緒だったのですが、一句一句書き取りをさせられてびっくりしたことを覚えています。その時はなんでこんなことをさせるんだろうと分からなかったのですが……」 はじめて聞くことだった。 二人の若い俳人を指導しようとしている爽波の姿が彷彿としてくる。 爽波がそれほどまでに『ホトトギス雑詠選集』の作品を重視していたということも始めて知った。 だって、『雑詠選集』に収録されている句数はハンパじゃない。 それを一句、一句、書き取るなんて。 ああ気が遠くなる。 爽波門の人たちはそうやって勉強をしてきたのか。 田中裕明さんが一句一句雑詠選集の句を書き取っている姿はあんまりピンとこないが、しかし、岸本尚毅さんの頭の中には多くの作品が収録されていることは分かる。尽きることのない泉のように岸本さんの口からはたくさんの俳句が諳んじられる。(←この日本語の表現ひょっとしておかしいかも。) この『雑詠選集』を読みこなし自身の血肉としているのだろう、きっと岸本尚毅さんは。 ああ、もう一人いらっしゃった。 深見けん二氏だ。 わたしが存じ上げる限りにおいてこのお二人は間違いなくそうだと思う。
2月22日(水)
![]() 早春の花が咲き遅れているなかでひときわ輝いていた。 夕方のこと、 「浅草に超高層マンションが建つらしいですよ。しかもすでにほとんどの部屋が予約済みらしいです。」とスタッフの愛さんが言う。 「へえー、このご時世に……。どうして人気があるのかしら」と聞くと、 「スカイツリーが窓から見えるっていうことらしいです」 「スカイツリー!! まったく興味ないなあ……」 「あはははっは、ふらんす堂では誰もスカイツリーに興味を示さないですよねえ。それより、わたしはオリオン座がなくなってしまう方が心配です。」と愛さん。 そうなのだ、 オリオン座の一角をしめるペテルギウスが謎の縮小をしつつあり、あるいは爆発してしまうかもしれない、というのはいま巷をにぎわせているニュースだ。 その話題にはみんな食い付いた。 「ああ、そうよねえ、オリオン座がオリオン座でなくなってしまったら、オリオンはどうしたらいいの!」 絶えずオリオンを監視しているさそり座も張り合いがなくなってしまうし、さそり座が元気がなければ、射手座のケンタウルスもその弓の腕前を見せびらかすこともなく、こちらもしょんぼりすることになる。(余談だが、射手座はわたしの星座、元気がなくっちゃ困る。) ペテルギウスの消滅は星空の物語を大きく塗りかえることになるだろうか。 多くの女性のこころを捉えている星座占いにも影響してくるのかしらん。 そうだとしたら、えらいこっちゃ……。 今日、ツイッターを覗いてみた。 画家の横尾忠則氏がツイッターで呟いていたつぶやきが面白かった。 頭の中から言葉を廃除しなければ僕は絵が描けない。言葉が絵を描かせようとするからだ。それほど絵の制作には言葉が邪魔になる。だけど、そうして出来た絵を鑑賞者は再び言葉を持ち込もうとする。 もうひとつ、西脇順三郎のことばをツイートしていたのがあったのだが、その言葉にはグッときた。 メモをとりわすれ再び見つけようと検索をかけたのだが、二度とあらわれて来なかった。 「詩とは何か」 それについて簡潔に語っていたのだ。 今日の奥坂まやさんの「鳥獣の一句」は、永田耕衣の作品だ。 恋猫の恋する猫で押し通す 有名句だ。 数日前だったか、恋猫の激しい鳴き声で目が覚めた。 まさに今は「猫の恋」の季節だ。 この句、ふらんす堂の「日めくり耕衣」にあるので紹介したい。 ![]() ![]()
2月21日(火)
![]() 先日の梅林でいくつか咲き始めていたそのうちの一つ。 今日も春寒の一日となった。 俳句にかかわる仕事をしていると、「寒い」と書けず「春寒」って書いちゃうのよね、だってもう立春を過ぎたわけで「寒し」は冬の季語だから「寒い」とは言えないな、などと「春」の季節にこだわってしまう。 「寒の戻り」とか「凍て返る」とかあるいは「余寒」なんて余韻のある季語をカッコよく使いたいけど、日常生活でそういうのをうまく使えたりしたら、なんというか人品がいっそうグレードアップするっていうもんだけどまず無理。 ともかくも春なんで、わたしは今日は黒い靴下をはかずにオレンジ色の靴下を穿いた。 黒いパンツを穿いているのでオレンジのソックスはダサイのだが、手にとってしまったらまっ、いいかっ、っていうことで穿いてしまった。 ときどきやっぱりダサイよな、って思いながら一日を過ごすことになった。 くだらないことなんだけど、こういうことにどうしてもこだわってしまう。 昨日の讀賣新聞の「枝折」で、岸本尚毅著『虚子選 ホトトギス雑詠選集100句鑑賞・秋』が紹介されている。 「高浜虚子 俳句の力」で今年の俳人協会評論賞受賞が決まった俳人による俳句鑑賞。各句を丁寧かつ鋭く読み解く。 新聞に紹介されたということだけではないと思うが、このところこの本の注文が増えている。「冬や春は出るんですか?」という問いあわせと共に。 出ます。 いま岸本さんが書いておられます。 ですからどうぞ楽しみに待っていてくださいませ。 午後、句集の制作をすすめている河野邦子さんが来社された。 お住まいの埼玉県加須市で作られているという「五家寶(ごかぼう)」というお菓子をおみやげに持ってきてくださった。 わたしにはなつかしいお菓子だが、スタッフたちは「はじめてです」と言いながら美味しくいただいた。 わたしは今日送られてきた俳誌「鬣(たてがみ)」第42号を見ながら五家寶を食べていた。 すると「埼玉県加須市」という言葉が目に飛び込んできた。 俳人の中里夏彦さんの「避難所から見える風景」というエッセイだ。 3.11が随分と遠い昔のことのように思える。 という書き出しではじまるそのエッセイは、東北大震災の被災経験について語られたものだった。中里夏彦さんは、今ご家族を埼玉県加須市の避難所である旧騎西高校に預けたまま、ご自身は仕事の関係上福島県郡山市のアパートで単身生活をされているとある。 福島の双葉町の避難生活からはじまって加須市の騎西高校に移るまでの被災してからの避難生活の大変さがご自身の率直な感情と共に仔細に書かれていて避難生活がどのようなものであるか具体的に伝わってくる。 被災したということがどういうことであるのか、たとえば中里さんはこんな風に書いている。 それまではまるで空気のようにあったはずの日常というものがほとんど失われたまま九か月という時間を経過させて来た私にとって、自分を取り巻く時間感覚が非常に希薄であるため、その距離感がほとんどつかめていないようなのだ。3.11以前の自分と以後の自分を連続させる回路を欠落させているとでも言えばいいのだろうか。私にとって3.11以後の風景がそれ以前とは似ているけれども何かが決定的に違って見える。 そして具体的な避難生活の記述になっていく。 「断ち切られた生の時間」を見つめ、水素爆発の恐怖におびえ、家族を抱えて非常事態を生きていかなくてはならない、 わたしは読みながら食べていた五家寶の味を失った。 ひとりの俳人のエッセイをとおして震災がもたらしたものの現実をまた知ることになったのだった。
2月20日(月)
![]() 午前中11時ころドアーの外で鳴いているきいちゃんの声を聞きつけたスタッフの緑さん、飛んで行ってドアーを開けると、ひらりときいちゃんが姿を見せた。 ブログを更新する時間にはまだ早いのだが、昨日の池田澄子さんの俳句についてもう少し紹介したい。 舌足らず感を残したままだった。 戦場に近眼鏡はいくつ飛んだ この句についての池田さんの自解を紹介したい。 父も、母方の叔父も近視で、予備の眼鏡を数個持って出征したそうである。かつて戦場に行った一般の兵隊は皆若かった。だから、戦場に毀れ飛んだ眼鏡は、全てが近眼鏡であったろう。先日、この句を読んで兜太先生が、当時の日本人は眼鏡を掛けている人が特に多く、ご自身が捕虜になったとき、捕虜である日本人の方が誰も彼も眼鏡を掛けていることを意識した、と話してくださった。その上で、私が書いた〈飛んだ眼鏡〉は、日本兵だけのものではない。(『たましいの話』) そしてこれは池田澄子著『休むに似たり』の「しかし、書き残さざるをえず」より。 (略)しかし戦争は起こり人が死に自然が破壊される。医者であった父が、おそらく、その場で死んでゆく人々を助けることも出来ず、日本に置いてきた愛する家族を守ることも出来ず、戦地という場所で死んでいったということ。そして、それが全然特殊なことではなく、日本だけのことでもないということを思えば、嘆くことさえかなわない死者の人生を、無かったことにするわけにはいかない。 私が師として選んだ三橋敏雄が見せた、俳句形式の持っている広く奥深い可能性に、私も顋けてみるしかない。言葉による表現を志した以上、心ならずも殺し殺された人々の、生きていた証を、代わって書き残さざるをえないのである。書かないよりは書いた方がよい、と私は思う。 昨日の池田さんの言葉「語らなかったら無いものになってしまう」の本意を語っている文章だ。 ブログをあとで書くと記しておいたが、もう夜の11時を回っている。 少し前にもどったところである。 ブログを書き出す前に、 抽斗の中に隠してあったパリ帰りの友人のおみやげのチョコレートを一個つまんで口に放り込んだところだ。 こうして隠しておかないとおっきな鼠にみんな食べられてしまう。 おっきな鼠と言ったってミッキーマウスじゃないですけど。 だから独り占めしたいものは、この引き出しの中に隠すことにしているのだ。 ベルギーにも行ってきたという友人のおみやげのチョコはベルギーチョコ、さすがうまい、味が濃厚でなめらかな舌触り。 もうあと2個しかない、ぜったいに見つからないようにしなくては……。 鼠の鼻がけっこう効くんだ、これが……。 今日はお客さまがお二人いらした。 俳人の行方克巳さんとお弟子さんで俳誌「知音」に所属している鈴木庸子さん。 鈴木庸子さんは、ふらんす堂で句集『震へるやうに』を刊行された若き俳人の鈴木淑子さんのお母さまである。 今度は鈴木庸子さんの句集を刊行させていただくので、その打ち合わせにお見えになられたのだ。 句稿をまとめるにあたっては、お嬢さんの鈴木淑子さんがパソコンに打ち込んでくれて随分協力してくれたということだ。 先日、淑子さんにお目にかかったときに、 「わたしの句集のときには、母が随分いろいろと協力してくれたので、今度はわたしが母のためにできることはします」 と笑顔でおっしゃっていたが、句稿データは淑子さんがメールの添付ファイルで送ってくださった。 素敵な親子だ。 ![]() 行方克巳さんの「季寄せ」も刊行にむけて打ち合わせをした。 刊行句集のみならず、いままでの作品をすべて季題別にして収録するというものだ。 「一万句の収録を目指したい」ということ。 「形になっているものは全部入れようと思ってるんです。」という行方さん。 「木っ端もまた仏なり、という円空のことばに触発されました。」とも……。 < 前のページ次のページ >
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