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5月26日(土)
![]() 道路の真ん中をのんびりと歩いていたのだ。近づいていくとスタコラと逃げ始めた。 この写真はすでに遠くに行ってしまったものを思いっきりのズームで撮った。あんがいきれいに撮れているでしょう。 俳人の石田郷子さんに家(山雀亭)に遊びにいった。 埼玉県飯能市の奥名栗村という山里である。近くを流れる清流は夏には蛍がとびかい、河鹿の声もよく聞こえる。家の裏側まで野性の鹿や猿がやってくるという。この雉も山雀亭のすぐ前の道を歩いていたのだ。 ![]() 「茶摘みをしよう」ということになった。 ![]() ![]() ![]() 竹の子ではありません。 こんにゃくの花なんでそうです。これはまだ蕾の状態とか…… めずらしいんですって。 ![]() まさに万緑である。 夕方には東京にもどり赤坂までいって、世紀の恋愛劇を見た。 「他人の傷口をあざ笑うのは、傷の痛みを知らぬやつだ」 とマーキューシオに向かっていうロミオのセリフが有名だ。 最後の終わり方で茶番となってしまったのが残念だった。 それにしても…… ね。
5月25日(金)
![]() ほったらかしにしていても毎年華やかに咲いてくれる花だ。 今日も金色の靴をはいた。 金曜日だから……、そうじゃない、支払日だから金まわりがよくなるように……、そうじゃない、靴のクローゼットを開けたらなんだか悲しそうな金色の靴が目に飛び込んできたのだった。 手にとって履くかどうしようかしばらく躊躇していると愛猫の白猫が寄ってきてわたしを見上げている。 「ねえ、どう思う?この靴を履こうかなって思ってんだけど……」 フーン…というふうにあまりにもあどけない目をしてわたしを見つめる。 履こう。 決めた。 なぜかって、猫の濡れているようなブルーの目とわたしが手にしている金色の靴が美しく響き合ったのだ。 (上等じゃない……)ってわたしは思った。 金色の靴をはいた一日の今日、夕方歯医者に行って仕事場にもどってみると、美しい黄金の果物がふたつわたしの机の上においてある。そして金色の箔がほどこされたきれいな句集も置いてある。 どちらもいただいたものである。 金色のご利益といいうものである。やったね! 黄金のフルーツからは柑橘系のよい匂いがし、句集の金箔からは蜂の羽音が聞こえてくるようだ。 どちらもこれから味わうつもり……。 今日のねんてんの今日の一句は、昨日につづき鶴濱節子句集『始祖鳥』より。 イヤリングちょっと揺らして街薄暑 昨日に続いて句集『始祖鳥』(ふらんす堂)から引いた。薄暑の候の快さを詠んだ句であろう。「ちょっと揺らす」という動作に日常を揺らすというか、日常からわずかにずれる快感がある。 今日はいつもの支払い日のごとく仙川にある銀行(郵便局も信用金庫もふくむ)をすべて制覇するごとく廻った。金色の靴を履いたわたしがね、銀行のドアーをあけると、銀行マンがさっさっと寄ってきて、 「ふらんす堂さま、よくいらっしゃいました! お待ちしておりました!」と並んでいる人たちを尻眼にしながら悠然と窓口に案内される、 んなことは金輪際なくて、およそわたしがふらんす堂という小さな出版社をあくせくやっているなんて誰も知らないと思うな……だからいつも列の最後尾につけておとなしく待っている。ただし、芝信用金庫に行くとちょっと違うのだ、店長さんだってわたしを見るとニコニコする。それはけっこうな金額の融資をしてくれているからね、(おっ、ふらんす堂はなんとか頑張ってるな…)と見ているわけである。わたしも(お金借りてます)って顔をしてあげてニコニコするのだ。そういうことなのね。郵便局のお兄さんもわたしのことは知っていて、なんせ小さな郵便局で家族ぐるみで付き合っているもんだから、わたしがふらんす堂という出版社をやっているyamaokaということも知っているし、年齢だってどこに住んでいるかも知っていると思う。粗忽者ということも彼はきっと知っていると思うな……。 わたしが歯医者に行っていることはよもや知るまいが……。 ああ、やっと歯の麻酔が切れてきた。 「麻酔が切れるまで食事をしてはいけません」ということ。 さっ、今日はパスタにしよう。 ベーコンとアスパラガスのバスタ。 そしてサラダはタコとトマトとアボガド(最近凝っている)のサラダ。 ドレッシングはフルーティなオリーブオイルとバルサミコソースであえて胡桃をつぶしていれるつもり。 美味いよ。 デザートはもちろん金色の果実。 明日はちょっと遠出をしてから夜は世紀を超えて万人の胸をうつ悲劇を観る予定。 皆さまもよき終末を……。 ![]() 前方左から神野紗希さん(新刊の句集『光まみれの蜂』(角川書店刊)を手にして)、野口る理さん(最近ご結婚をされたばかり)の女子おふたり、後方左より高柳克弘さん、西村麒麟さん、福田若之さんの男子。 (yamaoka、まじ若さまぶしいっす…)
5月24日(木)
![]() わが家のそよごだが、10数年目にしてはじめて花を見た。直径5ミリほどの小さな白い花だ。 (今年こそは見るぞッ……って決めていたのだ) 舐めて貼る切手冷たき聖五月 今日のわたしはこういう行為をして手紙を投函した。 これは佐藤文香さんの俳句である。彼女の第一句集『海藻標本』に収録されている。文香さん、見てたの?って。んな訳ないか……。この度句集『海藻標本』を再版し三刷が出来上がった。この句集を開いたらこの句が目に飛び込んできてあらまあ、と思ったのだ。この句集は2009年度の宗左近俳句大賞を受賞している。 文香さんが20代前半でまとめて一冊にした句集であるが、完成度の高い句集だ。この句集の評価は「若い」ということがポイントではない。年齢というものは消えている。(こういう言い方、ヘンかな…) 序文で池田澄子さんはこう書いている。 中学生のときに連句もしたという、ごく早い俳句との出会いによって、俳句の特質を理解しているのか、凡人の私には到底知りえない不思議を、彼女は持ち合わせているらしい。第一句集『海藻標本』は全て自力で編まれた。どれだけの数からの抜粋であるかは知らず、驚くべき完成度、まさに俳句である いまふたたびこの句集を手にして中を開くと、一句一句がどうどうとしている、そんな風におもえてくる作品群だ。「若さ」で媚びていないのだ。 夏の句をいくつか紹介したい。 少女みな紺の水着を絞りけり アイスキャンディー果て材木の味残る 靴箆の後ハンケチを渡しけり 草笛に草の名前のありにけり 梅雨晴の広告塔を母と思ふ 知識階級に生まれて夕端居 夏の蝶自画像の目はひらいている ヨットより出でゆく水を夜といふ 標本へ夏蝶は水抜かれゆく うすものや帰らざること告ぐるにも 明るみを鳥の歩める皐月かな ぬばたまの夜を過ぎゆく祭かな 藤棚の下闇に似て物語 空蝉に指の湿りを移しけり 私は俳句を選んだ。 つかう言葉のひとつひとつを思い遣ることができる。 「あとがき」は若さゆえの自負心に溢れている。 それはそれでまた好ましい。 今日のねんてんの今日の一句は、出来たてのほやほやの鶴濱節子句集『始祖鳥』より。 平凡に生きてうっふん枇杷の種 出たばかりの句集『始祖鳥』(ふらんす堂)から。「うっふん」がいかにもあの光沢のある枇杷の種にふさわしい。甘い枇杷っていう感じがする。 作者は1949年生まれ。今、船団の会の会務委員をしてくれており、私にとっては近所の心強い仲間。熊本生まれの彼女は、有明海で馬刀貝掘りをした思い出を持っており、その馬刀貝掘りを再体験したいと願っている。出版祝いを兼ねて彼女といっしょに馬刀貝掘りに行きたいのだが、関西圏のどこかにいい場所はないだろうか。 このブログではまだご紹介をしていないのだが、さっそくに坪内稔典さんが紹介して下さった。「始祖鳥(しそちょう)」とは、鳥の先祖と云われており、恐竜から鳥への移行の途上の鳥であるとか……、最近「始祖鳥は黒かった」ということが分かったらしい。 この句集についてはいずれまた改めて紹介します。 今日はおひとりお客さまがいらした。 森本信雄さん。 詩集の御相談に見えられたのだ。 ![]() 「むかしから詩のようなものは書いていましたが、詩人の先生について指導を受けたのは定年退職をしてからです」と森本さん。 その先生とは福間健二さんである。その福間さんのご紹介だ。 昨年ふらんす堂より、詩集『ぜんぶ耳のせい』を刊行された服部葵さんは詩のお仲間である。 ちょっと付記しておきますが、わたしはいつも切手をなめているわけではありません。 海綿がかわいていたりして、まっいいかっ、ってごくまれになめてしまうのです。 念のため。
5月23日(水)
![]() この薔薇はこれから句集を紹介する近江満里子さんにささげたい。 近江満里子句集『微熱のにほひ』は、近江満理子(おうみ・まりこ)さんのはじめての句集となる。 近江さんは、俳誌「鬼」(復本一郎代表)に所属し、「鬼賞」を受賞されている。この度の句集には復本一郎氏が思いのこもった熱いご序文を寄せている。 髪とけば微熱のにほひ春の雪 句集名となった一句である。すこし風変わりなこの句集名は読み進んでいくうちに納得させらるるところとなる。後半に、 身に馴染むものに微熱も晩夏光 という句がある。つまり著者の近江さんにとって微熱のある身体が日常の日々なのである。近江満里子さんは膠原病という難病と向き合い闘っておられるのだ。 昨今、私の射程の中に入ってきた自由律俳句の開拓者荻原井泉水は、有季定型の俳句のあらかたを「遊戯」と呼んでいる。季を入れ、切字を入れ、それを十七音にまとめる。それが巧みに纏められているか、否かで上手だとか、下手だとか言われる(なんと現在の俳壇状況に似ていることよ)。─こんな俳句は「遊戯」である、というのが井泉水の見解である(荻原井泉水編著『自然の扉』)。私も井泉水のこの見解に加担する。 が、近江満里子の第一句集『微熱のにほひ』は、断じて「遊戯」などではない。それは、この句集を繙(ひもと)かれた読者の皆さんの一人一人が、作品を通してお感じになられることであろう。満里子は、この句集で果敢なる挑戦を試みている。有季定型の掣肘の中で、どこまで心の叫びを形象化し得るかである。それは血みどろの苦しい闘いであったろう。尊い。 復本一郎氏の序文はこんなふうに始まる。 揚花火夫に何を残さうか 昼顔や脱いでも着ても宙ぶらりん 献体を決めし腕の汗疹かな 葬儀用積立貯金どぜう鍋 絶対に治らぬといふ言葉寒 超音波・M R I ・C T 、凍つ 重患と略されてをり春の雨 春愁の生唾といふ温きもの ひと日づつ生きるあそびや竜の玉 走り梅雨検査着の紐ほころびて このようななかなかシリアスな作品を集中に散見することになる。 俳句を始めるのと前後して、難病の膠原病の症状が現れてきました。病気を認めたくない、負けたくない、その一心で決して病気の俳句は作るまいと決めていました。でも、マイナスの部分もすべて受け止め、自分の壁を壊さなくては「心からの俳句」にはならない─そう導いてくださったのが復本先生でした。 師復本一郎に導かれて著者の近江満里子は病気と向き合いそれを作品化していく力を得ることになる。復本一郎氏の思いとそれに応えようとする近江満理子さんの思いがこの句集を生みだした、といっても過言ではない。この句集の体裁は通常のかたちと少し違っている。収録句数は少なくないのだが、本の厚さは極力薄い。一ページに5句という組みにところどころ変則的に一句、二句、三句組が現れる。このこともまた復本氏の編集方針であった。 指先の置きどころなき寒さかな あやとりの橋が崩れて冴返る 大西日ゴリラゆつくり立ち上がる あたたかや封書で届く師のたより 眼をつむるといふ快楽や蟻地獄 冬ざれやがつんと折れるミシン針 鬱ですかおたまじやくしをあげませう 白菊の腕に重きかをりかな 原爆忌ひとぎつしりとゐて静か たつぷりとご飯をよそふ子規忌かな 月涼し死に行く父と死の話 この部屋の匂ひも遺品秋灯 できたての白玉ぱくと食べて泣く 患者様なんて呼ばれてなめくぢり 包帯を美しく巻き文化の日 汁粉食べ自宅軟禁風蟄居 神様にふみ書くあそび金木犀 秋晴れのマンホールより「はい」と声 生き死に直面した作品がある一方、どこかユーモラスに自身を見つめる目がある。それがこの読者のこころを慰めてくれる。わたしもほっとする。反面、非常に研ぎ澄まされたな感覚があってその繊細さはこの近江満里子という俳人の詩質であることをうかがわせる。 今、満里子は、膠原病という難病と闘っている。この句集の一句一句は、満里子が命を賭して紡いだ作品である。 と復本氏が序文は序文で書き、 発病と俳句を始めた時期がほぼ同じ頃だったことに、人間の力を超えた宿命のようなものを感じます。季節がひとつ過ぎていくごとに、出来ることが減ってきていますが、最後に残るものが俳句であってくれたら、いや絶対に俳句でなくてはと願わずにはいられません。今しかない、明日は来ないかもしれない─そういう思いを胸に、「心の底からの叫び」が聞こえてくるような俳句を目指していきたいと思います。 と近江満里子さんは「あとがき」で書く。師も弟子もひたすらな思いだ。 この本の装丁は君嶋真理子さん。 ふらんす堂の刊行書籍としてはどちらかというと赤を主体とした華やかな本となった。 著者の近江満里子さんが画家のニコラス・ド・スタールが好きであるということを知り、装丁の君嶋さんがそれをふまえてブックデザインをしたのだった。 ![]() ![]() ![]() その愛さんの好きな一句は、 怒らない人ねと言はれ目刺食ぶ ということ。「怒らない人ってわたしも云われることがあるんですけど、そう云われるのがあんまり好きじゃないんですね、きっと近江さんも……」と愛さん。 本をお納めしたら近江満理子さんよりメールをいただいた。 実は刊行日の5月10日は、私共夫婦の 30回目の結婚記念日でした。私の進め方がのろくて、すこし遅れてしまい ましたが、奥付けの日付がそのままで ほっとしました。30年たって、とうとう子供に恵まれたような気がしております。カバーのデザイン、帯、表紙の色などどれもこれ以上ないというくらい、私の希望にぴったりです。できたての句集を 手にして、これからもあきらめずに病気と共に進もうという気持ちが わいてきました。 難病と闘っておられる近江さんからのあたたかな言葉はわたしたちを喜ばせた。一度ふらんす堂にいらしてくださったことがあるが、あとから思うとたいへんな思いをしてご来社くださったのだった。わたしたちはずい分呑気に対応してしまったけれど……。暗い淵を覗きこむような毎日であるかもしれない。 わたしの好きな一句はこれ。 あたたかき言葉育ててゐるところ どうです。この心意気と余裕。 参りました…。
5月22日(火)
![]() じゃがいもは大好物さ…。 さて、さっそく新刊紹介をしたい。 (じつはいままで書いていたブログの記事がおおかた消えてしまったのだ。 紹介するのは新刊の詩集である。 中村梨々詩集『たくさんの窓から手を振る』だ。中村梨々(なかむら・りり)さんの第一詩集となる。栞には川口晴美さんと杉本真維子さんが文章を寄せている。おふたりの栞文を読むと、中村梨々さんは「現代詩手帖」の投稿者で、お二人はその投稿の詩ですでに中村梨々さんの作品に触れ忘れがたい印象を抱いていたようだ。 この詩集はスピード感に満ちた軽快な語り口ではじまり一気に読ませる力をもつが、後半は短調の陰翳を加え深度を増していく。 冒頭におかれた詩をまず紹介したい。 ロシア ナオちゃんがいうには、あたしたち自転車に乗って ロシアの平原を突っ走っていたって すごいねぇ、ロシアなんて行ったこともないし行きたいと 思ったこともないのに、ロシア ロシアロシアロシア、あたしはもう駅とか空港とか 思い切り空とかすっ飛ばして、ロシアにいる ロシアにいるナオちゃんとあたし 羽も生えていないのに方角さえわからないの に、よ ロシアだって おまけにあたしとナオちゃんはいま海を隔てて離れている 離れてるあたしたちだから、もーーっと離れたとこでは一緒にいられる ってーーことが、ロシアなロシアっ ほら、マトリョーシカがやってきてさ、小さいのから大きいのまで ボルシチはいかがですかぁ、たっぷり煮込んであるです寒い夜にはもってこいです。 ウオッカはお好みでショーカ、どうですか 自転車をこぎながらロシアというようなものを全部拾い集めてしまうと ナオちゃんとあたしは抜群に寒さに強くなってた抜群に 暖かさ、が怖くなってた あたしたち、自転車に乗ってどこまででも行けてたよね とにかくペダルを踏めばどこへだって行けた だから今だってふたりでロシアに行って ナオちゃんのブラウンの自転車とあたしの水色自転車は まだ走ってる走ってる 今度はいつ 暖かさを暖かさとして受け取れる場所 まだ行ったことのない 呼んだことのないところへ行けるんかな ところで ナオちゃん ロシア語わかったん? 『わかるわけないじゃん、閃きよ』 初めて読んだ梨々さんの詩は「ロシア」だった。二〇〇七年だ。行から行へ軽やかに飛び移ってゆくリズミカルな勢いとスピードのなかで、瑞々しく澄んだ光が眩しいほどなのに剝き出しの肌に風が触れてひんやりするような、さみしさとあかるさに満たされた広い場所にぽんと連れ出されたような心地がした。 川口晴美さんの栞はこんな風にはじまる。そして、 現実の世界の意味や論理の枠組みからこぼれ落ちてしまうことで女の子たちが解き放たれる姿を、私はたとえば岡崎京子の漫画では見たことがあったけど、詩でこんなに生き生きと描かれたのを読んだのは初めてだった。 栞のタイトルは「飛び立った言葉たちはどこまででも行ける」だ。「〈鳥〉が幾編もの詩を横切って飛ぶ」と語る。「飛び立った言葉は羽ばたき、遠くで手を振るような軌跡を、読み手の内側に静かに残していくのだ」と。 そう、〈鳥〉なのだ。 この〈鳥〉は、この詩集を象徴するなにかであり、奥義にふれている。 杉本真維子さんはこんな風に語る。 叡智のようなものが詩を支えてもいる。その詩が、感触から身を離している。感触を引き寄せようとする詩が多いなか、それは独特の身振りだと思える。たとえば「肌というもの/に敏感であればもう少し自分を人ごとにはし/なかった。/ ふれあったところ// の、深いかぎざき//(白い鳥が飛んでいる)」という美しい詩行がある。白い鳥が空白を示唆することで、文脈は反り返る。これは感触が誘う後悔を記すことで、感触を手離している行為だと思う。大事なものはもう指先ごと放ったのだと、作者は語っている。だから離さなければならない。それこそが、遠く離れた誰かと、さらに遠く離れた場所で会うための方法であると。 やはり「鳥」がいる。杉本真維子さんのタイトルは「同じ空におおわれるまで」だ。さらにつづけてこう書く。 それを確信する気持が、恐れることなく、言葉さえも遠くへと放っている。「かぎざき」の痛みを、塞ぐことなく、光の「窓」へと届かせている。そういうことができる詩人は、中村梨々さん、あなたしかいないだろう。きっとその窓は手を振りあうほどに無数に拡がり、何度でも振ることが促されている。今は会えない〝誰か〟と私たちが、同じ空におおわれるまで。 この詩集の担当はPさん。Pさんは次の詩が好きだという。 夜、鳥を飛ばす さまざまな眠りに就いた。鳥の数が増えた。 鳥の数が増えたぶんだけわたしの数も増えた。 夜明けに飛び立つ鳥は、帰って来るとき数を 減らした。飛べないわたしは夜明けになると わたしを集めて組み立てる。雨も雪もわかる のだけど、雨に近いもの雪に近いものがみん な、うっすらとした灰色に覆われていくし、 いたずらな数を言うので増えたり減ったりし たような気分が味わえる。 覗き見ができなくなった。灰色に打ち寄せら れたベランダからは、何を見ても覗き見のよ うになる。知らない人の後ろ姿が遠ざかって いくとき、とても懐かしい形を見たと思う。 なぜ声をかけなかったの。わたしの鳥たちが 騒ぐ。何羽かが飛び立って行き、そして帰っ てこない。 美しい模様の湖が見える。ライトグリーンの 配色がゆれている。あれは遠いから、かすか な音が聞こえる。近いものは渦を巻いて、鳥 が嬉しそうに周囲を飛んで遊ぶ。渦から飛び 出す豆粒のようなものをつついて更に遊ぶ。 遠いところが希望ではなかったし、手のひら の上にも砂漠はあった。砂漠にも鳥は飛んで ゆくえは知らない。砂漠に伏した一羽を見た ことがあった。目を凝らすと、鳥はほとんど そのからだを砂にあずけていた。もとは砂な のかもしれないと思うほどに、さらさらと崩 れてあとに綿花が尽きるように咲いた。 もとは砂だったり森だったりする鳥たちが飛 ぶのは、飛行という能力だけではなくて歩く 困難と眠りの操作からではないか、と書いて わたしは今日ずっと眠っていたことがばれる。 なにもない。たぶん、ばれてもなにもないく らい静か。(夜なんて)。 ![]() ![]() ![]() 実はこの本の制作過程でちょっと困ったことが起きた。箔押し屋さんが指定していないところに箔を押してしまったのだ。それはあまりにも突拍子もない箇所であったのだが、ほんの小さな気づくひとはわずかではないか、というものだ。製本屋さんがそのための相談にわざわざやって来た。やり直してもらうかどうか、思案のしどころだった。やり直すのなら一刻も早いほうがいい。しかし……。(もしこれがわたしの本だったら、わたしは面白がっちゃうけどなあ……)さて、どうする。これをやり直させるのは現場の人たちには大きな痛手だ。あきらなかなミスならともかく……。思案したあげくともかくも著者の中村さんに見本を送ろう、ということになった。そのことは敢えて触れないで、中村さんのご判断にまかせよう、ということにした。 で、 中村さんからのお返事は…… 「すごく気に入りました。ありがとうございます。鳥を見つけました!。」 良かった! 実はこの「鳥」が問題の余計な箔押しだったのだ。 確かに「鳥」に見える。 不思議なパールの輝きをもった鳥。 担当のPさんはほっとしながら「さすが詩人でいらっしゃる」とひと言。 さて、この「鳥」がこの 詩集『たくさんの窓から手を振る』のどこにいるか、まだ見つけていない人は探してみてください。 ちゃんと飛んでいるんですよ。 何かを言わず何かを呼ぶということがあるなら、そのとき窓はひら いている。誰かが手を振っていた。大きな空があって幻だった。幻 を飛ぶ鳥。静かに降ってくるもの。 この詩集のなかでもっとも好きな詩行である。
5月21日(月)
![]() 「金環日食、ご覧になりましたか?好奇心旺盛なyamaokaさんなら見逃しませんよね。」 って白濱一羊さんからいただいたメールにあった。わたしは、 「日食、かろうじて見ました。天体系にあんまり感動しないyamaokaでした」とちょっと白けたお返事を返してしまったのだった。 この度の金環日食はなかなかそう見られるものではないらしく、巷の人はかなり昂奮していたようだ。わたしは朝起きて、(今日は曇日だな……)と思い、階下に降りて行った。そこではすでにテレビがつけられていて、「見えました!見えました!」とテレビは昂奮状態だった。(おお、そうか……)とわたしは思い出し、「ねえ、日食をみる眼鏡を貰っているのだけど見る?」とご飯を食べている人間に云うと、「見る」というので二つもらったうちの一つを渡して二階の窓から眼鏡を顔にあてて見た。くっきりと環が見えた。(ふーん……)って思った。隣の人間も(ふーん)って思っているようだった。眼鏡をそこにおいて食事をしに階下に降りていった。テレビは相変わらずの昂奮状態で、「日食、日食」と叫んでいる。わたしは「朝食、朝食」といいながら納豆をかきまぜたのだった。どうもいまひとつ乗れないのよね……。 (ただ、本人はその気ではないのだが、どういうわけか日食用の眼鏡をふたつもいただき、たまたま起きた時がまさに金環日食真っ最中というわけで期せずしてしっかりと見たことになった。) 暑い一日となった。おやつにアイスクリームを食べようということになった。 ふらんす堂からあるいて20秒ほどのところにアイスクリーム屋さんが出来たのだ。 ![]() 高いよなあ、って思っていると、 「ねえ、今日はあのヒミツのお金を使いましょ!」と言うと、スタッフたちは「わーい!!」って言って喜んだのだった。わたしはうやうやしくヒミツのお金が入っている封筒を取り出し、そこからアイスクリーム代をぬいた。Pさんが買いに走った。わたしはバニラ、愛さんはココナッツ、緑さんはラズベリー、奈緒さんはローズミルク、PさんとSさんはフロマージュを食べた。みんな多くを語らず黙々と食べたのだった。アイスクリームを食べているときが一番静かな時となった。 ![]() 今日の毎日新聞の新刊紹介で、柴田美佐句集『如月』が紹介されている。 春の雲欅にかかりては離れ 1963年生まれの著者の第2句集。自然の恵みに心をゆだね、ゆったりと言葉を紡ぐ清々しい作風に、「雲母」「白露」で学んできたことがうかがえる。 おなじく毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、現代俳句文庫70『藤本美和子句集』 より。 一滴のうすくちしやうゆ緑さす 水原秋櫻子編「新装版俳句小歳時記」(2005年)はこの季語を「若葉影が映ること」と定義している。つまり、若葉の光が照り映える感じ、それが「緑さす」である。ちなみにこの季語は「広辞苑」にもまだ出ていない。俳句発のきれいな言葉として広めたい。今日の句、緑さす一滴の薄口しょうゆがまるで宝石みたい。 明日は新刊詩集の紹介をします。 日食は生態系に影響をあたえるのだろうか…。 我が家の猫の白猫のほうは、洋服ダンスの奥深く隠れてしまい、呼んでも決して出てこようとしなかった。 みなさんの家の猫はどうでした? あるいは他の動物たちは?
5月20日(日)
![]() これって何の木の花だかわかります? よく通る新宿副都心の高層ビル街に植えてある大木に今日見事に花が咲いているのに気がついた。もう10年近くここに来ているのだが、花に気づいたのも今日がはじめてである。 このあたりは桜の木も多く、桜にばかり気をとられていてこの木にはきづかなかった。 白い細かな花がびっしりと咲いていてきらきらとしてとてもきれいだ。呼び止められたように立ち止まってしまった。 何の花かさっそく調べてみたのだが、間違っていなければ、 樟(くす)の木の花 ではないかと思う。木の種類を調べるのには、葉っぱの形と葉脈をしらべると分かるというが、多分そうではないかと思う。 「今まで気づかなくてごめんなさい……」と言って写真におさめたのだった。 俳人の石田郷子さんと青葉の季節に雑木林をあるいていたときのことだ。ふっと郷子さんが立ち止まって、 「……今日は樟若葉の匂いがしないな……」と言う。 「ええっ、樟若葉に特有の匂いがあるの?」と聞けば、 「あるよ」と答える。そして 「いつもこのあたりを歩くときまってこの季節、樟若葉の匂いがするのにどうしたんだろう」と言う。 こんなに沢山さまざまな木があるのに、どれが樟でどれが椋でどれが樫でどれが欅でいったい……とわたしは思ってしまう。 石田郷子さんという人はわたしよりもはるかに木や獣に近い人だと思うことが多い。一緒にあるいているとわたしには全然聞こえてこない鳥の声が聞こえる人だ。それが「ひたき」の声であるか、「やまがら」の声であるか、あるいは百舌」の声であるか瞬時に聞き分けられるのだ。 木の匂いや鳥の声に気づいたときの石田郷子さんは本当に嬉しそうだ。 何かを知っている嬉しさではなくて、親しいものが自分に挨拶をしたような嬉しさなのだ。 都会人であることが好きなわたしは全然ちがうなあ……ってよく思う。 石田郷子さんの俳句はそういう意味で、自然に生きている木や花や獣たちさまざまなものとの喜びの交感があるのだ。 今日のこの花も郷子さんに聞けばいっぱつで分かると思うのだけど。 来ることの嬉しき燕きたりけり 時雨くることを知りゐる犬の耳 目を張つて憩ふわたしもとんぼうも 思ふことかがやいてきし小鳥かな 小鳥くる昔話をきかせてよ 稲子見る稲子に貌の似てくるまで さへづりのだんだん吾を容れにけり 堅香子にまみえむ膝をつきにけり 以上、『石田郷子作品集1』より。 (再版しました)
5月19日(土)
![]() 同じ薔薇科でもこちらは清楚にして野趣に富む。 一日武蔵野の青葉若葉を堪能した日となった。 すでに夕食をすませワインも飲んでホッとしてしまったらブログを書くことが重荷になってしまった。キイを打つ指先にまでアルコールがまわっていてほら、ときどき打ち間違えたりしてしまう。それでもわたしはブログを書くという日課から自由になれずこうして書き始めたのだ。 馬鹿みたい…… そう思うときがある。あなたが書かなくても誰もとがめだてはしなくてよ。とも思うのだが、つまるところは勤勉なのよ。こうやって酔っ払った指を駆使して書いてるんだから。 さて、昨日のブログで加藤郁乎について少し触れて故人を偲んだが、かつて大岡信がその評論で初期の加藤郁乎の俳句を評して「明るいトランペットの響き」と書いたことがあってその本がわたしの書棚にあるはずでいまそれを見つけようとしたのだが、どうしても見つからない。高柳重信の俳句とともに論じていた評論であったと思うが引用できずに残念である。わたしは郁乎の俳句というとこの大岡信が言った「明るいトランペットの響き」ということばがかならずといっていいほど口をついて出てくるのだ。じつはもうひとつ、金井美恵子がやはり20代の時のエッセイで加藤郁乎や澁澤龍彦との交流について書いていたことがあってそれもこのブログで紹介しようとしたのだが、そのエッセイ集『夜になっても遊びつづけろ』だったと思うがそれも見当たらない。古本屋にあれは売り飛ばしてはいないはずだ。 そんなこんなでさっきから本を探し続けていたのだが、これもあきらめた。こんな風に探している本は思いもかけないときにひょっこり出てきたりする。実は昨年の3月11日の震災のときに書棚から落っこちた本をちゃんと片付けもせずに隅っこに片寄せているだけなので、(わたしは整理整頓という必須項目の単位が取得できないでいる。永久に学ぶことなくして人生とおさらばすることになるかもしれない……ま、いいや)何がどこにあるかなどいつも混沌のうちにある。 さて、今日は武蔵野の探検は……。 ![]() ![]() ![]() 青葉風の吹く頃には、小さな命もさまざまに闊達な活動を始めているのだ。 ここまで書いてどうやらすこし指先からアルコールが抜けてきたようだ。 キイを打ち間違えずに快適なはこびとなった。 で、 今日のブログはおしまいです。
5月18日(金)
![]() この薔薇を贈るとしたら誰がふさわしいか……。 イギリスの女優ヘレン・ミレンがいいな。好きな女優だ。 俳人かつ詩人の加藤郁乎(かとういくや)が亡くなった。 最近おめにかかる機会がないと思っていた矢先のことである。 ふらんす堂からは、 加藤郁乎句集『初昔』、ふらんす堂文庫 加藤郁乎精選句集『粋座』を刊行させていただいている。残念ながら両方とも品切れ状態である。再版はいまのところ考えていない。 『粋座』の刊行をお願いしたときのことだ。編集部の希望としては『球体感覚』を中心に精選をしていただきたいとお願いしたところ、氏の胸中にはもはや『球体感覚』の句はなきに等しく、『球体感覚』からは二句のみの収録となった。 花に花ふれぬ二つの句を考へ 花蔭に花ひそとある入船や の二句である。「昼顔の見えるひるすぎぽるとがる」やかの有名な「冬の波冬の波止場に来て返す」がどうしても郁乎の句としてはまず頭に浮かんでしまう。 沙羅は双樹に肉の寺院を傾ける 『えくとぷらずま』 栗の花ててなしに来たのだ帰る 『形而情学』 牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 『牧歌メロン』 一秒のかなしみたたむ柿の花 『出イクヤ忌』 人間の水をぬくめて梅暦 『佳気颪』 このひととすることもなき秋の暮 『秋の暮』 句には句の位ありけり江戸桜 『江戸桜』 以上は 句集『粋座』収録より。 句集『初昔』は1998年4月刊行の1000句以上を収録する第十一句集。限定八百冊での刊行となった。署名をいただき全部が署名本だったと思う。 若くして世を去った父親の跡を継いで俳人になろうなどとは、考えてもいなかった。それでも俳書を含む江戸風流が好きで、机辺には其角、南畝、京伝、あるいは荷風の書があった。しかし、詩作を始め、西欧文学に傾き神道書に親しむなど、まわり道に手間取りながらの俳句精進であった。ために、風狂では奥手に属すると言ってよい。野暮は言いたくないが、明和のころより深川の岡場所に流行した粋、意気の心を忘れて俳句全盛の時代でもあるまい。 これは 句集『粋座』の「あとがき」の一部である。 句集『初昔』を読みかえしてみるとこの「心意気」が当時の俳壇や俳人・詩人へのシニカルな批評精神となって一句をなしていることがよくわかる。なかなか毒舌なのだがどこかとぼけた味がいい。圧倒的な古典の素養がありそのれをふまえた言葉遊びが多いのも加藤郁乎の特質だ。紹介するのは批評精神が躍動するものを中心にいくつか紹介したい。 米こぼす日本および日本人 世わたりを問はず語らず根深汁 このひとに膝小僧ある湯ざめかな 俳人も小粒になりぬわらび餅 定型にすぎぬ凡句やにぎり飯 俳壇をよそから見やれ秋の風 どこまでを定型といふ秋の風 虚名より無名ゆたかに梅の花 うつすらと汗ばむもまた作法かな 俳諧に片尻かけて月を見よ かげ口は男子に多し秋の暮 月並を大骨頂の朧かな 春泥にこける客観写生風 月並に云へば芭蕉のしぐれかな 俳諧は良くも悪くもぼらのへそ 俳人に出来不出来あり心太 新しみ歳時記に見ず夜蛤 さかしらを詩的と云へり浮寝鳥 春の泥俳人よりはたいこもち 詩に痩せる詩人さらなり糸柳 時代より一歩先んじ蚊帳の外 名ばかりの俳人の世を子規忌かな どうであれ生涯一句初昔 様子ぶる詩人は知らずさんま焼く 句碑よりは紙の碑のこる芒かな サングラスアルファロメオをぶつとばす こころ太たはけ尽さぬたはけもの なかなか辛辣な顔が見える。わたしは加藤郁乎氏にお目にかかる機会がかなりあったが、氏がどなたかと激論を交わすという風景をみたことがない。いつもおっとりとした物言いで、泰然自若の感があった。氏の批判精神は俳諧という遊びのなかにこうして織り込まれていったのだ。 反骨は群れをつくらず浮かれ猫 わたしはこの句が好きだ。「浮かれ猫」がいい。肩肘はらんとするこころの硬さをふっと笑い飛ばす、それが「粋」であるというものだ。大人(たいじん)の風流がある。 一景にわが師と酌めり桃の花 「三月朔吉田一穂先生の忌日なり」という前書きがある。郁乎はいまや父・加藤紫舟やその師・吉田一穂とともに盃をかわしうまい酒を飲んでいることだろう。 こころよりの哀悼を申し上げたい。 ![]()
5月17日(木)
![]() 一 薔薇ノ木二 薔薇ノ花サク。 ナニゴトノ不思議ナケレド。 二 薔薇ノ花。 ナニゴトノ不思議ナケレド。 照リ極マレバ木ヨリコボルル。 光リコボルル。 (北原白秋「薔薇二曲」) いまちょっと前歯医者から戻ったところである。 いやよねえ、歯医者って、すごく緊張してもうクタクタでこのまま家に帰っちゃおうかなともおもったが、やはり仕事熱心なyamaokaであるので、仕事場に戻ってブログを書きはじめた次第である。まだ口の中は麻酔がきいていて左半分がよそに行っている感じだ。「いい歯医者さんらしいわよ」と友人に紹介されていたのだが、なかなか踏ん切りがつかず一日のばしにしていたのだがいよいよ傷みが本格的になりどうにもごまかせなくなってエイヤッと勇気をふりしぼって行くことにしたのだ。行ってみた結果どうだったかって。なかなかよき歯医者さまだったと思う。最初の「アンケート」のところに「傷みにすごく弱いです。過敏症です」と強調しておいたのが良かったのか、全然痛くなく麻酔も上手でなによりも丁寧に説明をしてくれる落ち着いたお医者さまだった。 わたしったら診察台の上で緊張してしまって身体をビーンとはりつめて冷や汗をかきながら(きっと痛いぞ、きっと痛いぞ)って痛さがやってくるのに全身で備えていた。しかし、大丈夫だった。今日はこれで終わりですとかわいい女性の助手さんに言われたときは、小躍りしたいくらいホッとしたのだった。 行きは予約時間に遅刻しそうで緊張もしていて余裕がなかったが、ひさしぶりに降り立った夕暮れの下北沢の駅には若者があふれていてカッコいいイケメン集団などがわんさかいることに治療を終えたわたしは気づき、(これはすごいぞ)としばしわたしの眼と心を潤してあげたのだった。美しい若者をみることも治療に耐えたわたしへのご褒美ね。ウフフフフ……。(誰よっ、安上がりな女だって言うヤツは!) さて、今日の「増殖する歳時記」は、三宅やよいさんによって、朝吹英和句集『光の槍』より。 終りから始まる話青葉木莵 書き出しから、終わっている話ってあるなぁ、とこの句を読んでそんな小説の書きだしを思い出してみた。結末は予想されないけど、何かしらことが終わった回想で筋を追う形式のものか、コロンボや古畑任三郎のように犯人も結末も提示した中で話が始める推理物か。ともかくも、後ろから読み手が展開を追う話だろう。暗闇でずっと目を開けて、鋭い爪で獲物をとらえるふくろうは知の神とされていて、ギリシャの女神アテナイの使いでもある。何もかも知っている青葉木莵の低い鳴き声で神秘的なドラマが展開される。「夏燕王妃の胸を掠めけり」「降り注ぐラヴェルの和音新樹光」など古典や音楽から題材をとった句が多いこの句集全体の語り手も青葉木莵なのかもしれない。 「終りから始まる話」ってたくさん読んだような気がするけど、具体的には思い出せない。 「黙示録」なども終わりから始まるのだろうか、いやあれは終りについて語られているものか。 終末からはじまり神の王国の再臨であるから「終わりから始まる話」でもあるか。 しかしこれはどうでもいいことかもしれない。大切なのはわれわれが震撼することなのだ。 熱いか冷たいかであれ、 生ぬるければわが口より吐き出さん コワイよ……。 < 前のページ次のページ >
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