7月15日(日)
「フランス革命記念日」の翌日15日の東京は台風襲来の一日となった。雨は朝から激しく降りつづいている。「おーおー、景気よく降ってくれてるんじゃないの…」とわたしは言い、、まだ十分に目覚めていない脳細胞を元気づかせようとバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータのCDをかけた。演奏者シェリングの弦が奏でる音が、雨の音をつきやぶって響きわたる。一瞬白猫の耳がピーンと立ってふるえた。この緊張感がすごくいい。やみつきになってしまう…。朝起きてからしなくてはならないいくつかのことのなかのひとつに、仙川駅のキオスクまで行って、「毎日新聞」を買うということがあった。俳人の高柳克弘さんが今日の毎日新聞に『田中裕明全句集』をとりあげて書いてくださっているのだ。段取りよくいくつかのことをこなし、わたしは車を走らせる。台風の雨のなかを。
「詩の神のやはらかな指秋の水」田中裕明の代表句のひとつでもあるこの作品をとりあげながら、「詩情あふれる俳句は多く生まれているが、詩の神そのものの姿をとらえようとした俳人は、田中裕明をおいて他にない」と高柳さんは語る。「詩とは何か」を問いつづけ、「詩の神の指先に触れようと手を伸ばし続けていた」田中裕明であったと言明する。わたしには新鮮だ。そうして、句集『夜の客人』拾遺にも秀句が多いことにふれ、作品を紹介しているのは、読者にとっても編者にとっても版元にとってもなにより嬉しいことである。この若き理解者を得たことを田中裕明のために喜びたい。
今日しなくてはならないことに、ひとつの約束を果たすことがあった。それは皆吉司さんの個展に行くこと。西荻にある「赤レンガ」というカフェギャラリーで今日が最終日である。台風でずぶぬれになっても約束は果たさなくては…。西荻のにぎやかな商店街のとおりに面して落ち着いたむかしながらの珈琲店「赤レンガ」はあった。10点ばかりの油彩とドローイングが壁につつましく並んでいる。名前をつげると、店主の連絡によって近所にすむ司さんは自転車でやってきた。写真のものはそのなかでもわたしが特に気に入ったもの。タイトルは「動物」。色彩の鮮やかな明るさにひきつけられた。よくみると猫やら、かえるやら動物がうごめいている気配がある。やがて司さんのお父さまで画家の皆吉志郎氏も自転車に乗ってやってこられた。そしておもわぬおまけがあった。司さんが愛蔵している俳人・加藤郁乎の『えくとぷらすま』や『球体感覚』などの初版本をみせてもらったこと。これには正直興奮した。池田満寿夫のエッチングが口絵となっているものもある。(ウーン、すごい)と思ってじっと見ていると「そのタイトルは強姦っていうんだ…」と司さんが教えてくれた。(ご、強姦、な、なるほど…)凝ったつくりのこういう造本にはいまの世の中めったにお目にかかることができない。紙質、活字の風合い、色、材質すべてが魅力的だ…。写真にいくつか撮らせたもらった。こちらは「ふらんす堂の放課後」で紹介したいと思っている。
高柳克弘さんの毎日新聞評、皆吉司さんの個展と蔵書、そして台風…
こうしてブログを書いている今は台風もすぎさり、あたりを夜が支配している。
静かだ…。しかし、わたしは興奮の余韻に満たされている。