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5月10日(火) 蚯蚓出(みみずいずる) 旧暦4月4日
昨夜のことである。遅くまで仕事をしているスタッフのPさんから電話が入った。 製本段階でちょっと面倒なことがおこりそうであると。 決してミスは許されない仕事だ。 (弱ったな。) わたしとしてはかなり神経を使って仕事をすすめたつもりだった。 いまさらどうにもならない。 ああ、今夜眠れるかな、ふっとそう思った。 しかし、 である。 その10分後、わたしはそのことを忘れた。 思い出したのは、今朝仕事場のドアー開けてPさんの顔を見たときだった。 「ああ! あれってどうなった?」と聞けば 「無事に解決しました」ということ。 「ああ、良かった。眠れないと思ったけどすっかり忘れていたわ」と思わず言ってしまったら、スタッフの緑さん 「いいですねえ、羨ましい。わたしは本当に眠れなくなるんです」って。 もはや忘れることが必殺技と化したyamaokaなのであった。 和兎さん装釘の2冊のグレーの本が出来上がった。 読者が待ち望んだ2冊。 グレーの用紙に黒メタル箔というのは共通しているが、用紙はおなじものではなく、判型も造本もちがう。 どちらも和兎さんが用紙に凝り、造本に凝った装釘である。 (この2冊はまたあらためて紹介したい) 新刊紹介をしたい。 加藤静夫句集『中略』(ちゅうりゃく)。 著者の加藤静夫(かとう・しずお)さんは、昭和28年(1953)の東京・小石川生まれ。昭和63年(1988)に「鷹」に入会し藤田湘子に師事、現在「鷹」同人、平成3年(1991)「鷹」新人賞、平成13年(2001)「鷹」星辰賞、平成16年(2004)「鷹」俳句賞を受賞、また平成13年(2001)には角川俳句賞を受賞されている。平成20年(2008)年に第1句集『中肉中背』を上梓されている。 句集『中略』は、前句集以後の8年間の作品を収録している。 冬たんぽぽ本気になればすごい我 一重瞼だからこんなに暑いのか 水着なんだか下着なんだか平和なんだか 集中から大いに笑った句を3句抜き出した。 この句のみならず読んでいて吹き出してしまう句が多い。 加藤静夫さんは、この3句をみてもわかるように独自の文体をもってユーモラスに俳句をつくる。エンターテイメント性があり読者に開かれている句集だ。 たとえば、この句集を中高年の俳句をつくらない男性(にかぎらないが)に読ませたら、彼らも大いに楽しむことのできる1冊である。 それもただ楽しむのみならず、批評性にどきりとさせられたりシニカルな視点ににやりとしたりそこはかとない人間の悲哀にほろりとする、結構意味深な句集である。 ポインセチア( 中略) 泣いてゐる女 句集名となった一句であるが、この句もたいそう面白い。(中略)という言葉の置き方が絶妙である。 何事も中庸を旨とする性格のせいか、第一句集『中肉中背』同様、「中」の字の付く言葉に惹かれたのかもしれない。と「あとがき」にある。 なかなかの技師(わざし)だ。 思わず引き込まれて、次から次へとページを繰りたくなる。 本句集は、「以前」と「以後」に分かれている。 著者にとってこのことはかなり大切な分け方である。 「あとがき」を紹介したい。 前句集から八年。 その間に起きた大きな出来事といえばまず東日本大震災であろう。 その日を境に、作品三八五句を「以前篇」一四二句、「以後篇」二四三句に分け、それぞれ四季別に並べてみた。 以前・以後とはいえ〈流されてゆくくちなはもいもうとも〉のように津波を想起させながら、じつは震災以前の作という句もある。 また句集には収めなかったが〈使用済核燃料と雪蛍〉という句も原発事故以前に作っている。 別に私に予知能力があるわけではない。 どちらも不安な時代の「今」を詠もうとしたからこそ見えてきた実景だったような気がする。 以前・以後は糾える縄の如し。 いずれこの震災「以後」の日々も、次の更に大きな災厄までの「以前」であったという時が来るのであろう。 何が起きようと、私はただ「今」を生きる「人間」を詠むだけである。 私にできることはそれしかない。 「以後」は「以前」になり得る。 という危機意識。 それが大切だ。 ただ「今」を生きる「人間」を詠む、ことによって俳句もひとつの時代の批評になり得るのだ。 本句集の魅力は、含羞と知性とユーモアに裏付けられているということ。 まさに俳諧性ということかもしれない。 以下に「以前」と「以後」に分けて作品を紹介したい。 「以前」より 病弱が売りの男や杉の花 子規多分早口桜餅ココア 白亜紀の気候に詳し新社員 ロックでは食へざる衣更へにけり 徒然なるままに裸となりにけり 割り切つて女と暮す西日かな すでに女は裸になつてゐた「つづく」 貸しし金戻りし夜のいわし雲 曼珠沙華よりも遠くへ行くつもり 桐一葉男の苗字変りけり 秋あざみ私にも言ひ分がある 寒くて寒くてこころだんだん立方体 股引に加藤静夫と書いておく 息白し悪い人ではないらしい 芹薺御形蘩蔞胸騒 「以後」より 骨よりも白き桜と咲きにけり 蜷の道天気晴朗なれど鬱 熊ん蜂360°晴るる 春キャベツざくざくからうじて中流 抜くべきか憲法記念日の白髪 蛇衣を脱ぐ痛くない放射能 空蟬は消え弖(て)爾(に)乎(を)波(は)は乱れたる 網戸より日本の最期見届けむ 泉に掌(て)そして手首や事実婚 あぢさゐのうすべにいろの無妻かな かたつむり会社黙つて休みけり 一切の責任は香水にある 年金支給日うなぎ割かれてきゆうと鳴く 運を天に任せし国やすいつちよん 裏山へ闇押し返し踊るなり とんばうととんばうの影水に合ふ 原発の最期看取るは雪女 絵のなかの凍蝶として存へよ セーターの袖てかてかす昭和とは 熱燗や御一人様がもうひとり 墓は買つたし白菜は洗つたし 出生率下げしは私ひなたぼこ この小さな句集の装丁は和兎さん。 ペーパーバックスタイルのシンプルな句集だ。 表紙の裏の型押しがわかる。 芹薺御形蘩蔞胸騒 (せりなずなごぎょうはこべらむなさわぎ) ルビはなかったがこう読むのだろう。 この句、担当のPさんは、大好きな山口百恵の歌を感じさせるような句、だと言う。 「百恵ちゃんが三白眼で歌うと似合うんじゃないですか」と。 猫の子に加藤の姓を与へたる わたしはなんとしてもこの一句にやられてしまった。 猫の子の下の名前は何というのですか、加藤静夫さん。 殺されるまへに死にたしさるすべり ああ、これも大いに共感! 今日はお一人お客さまが見えられた。 俳人の遠藤若狭男さんである。 遠藤若狭男さんは、俳誌「若狭」を創刊し主宰をされている。 この度現代俳句文庫へご参加いただき、その原稿をもってご来社いただいたのだった。 すでに5冊の句集を刊行されておられるので、現代俳句文庫は5句集の精選となる。 第1句集『神話』は、わたしが出版社勤めのときに担当したなつかしい句集である。 遠藤若狭男さんは、高校生のときに「天狼」によって俳句をはじめられた。 その後、小説の方へ傾倒し、しばらく俳句から遠ざかる。 その後鷹羽狩行に出会い、「狩」に拠って俳句をはたたび始められたのだった。 奥さまは、歌人の大谷和子さん。 いまは、主宰誌「若狭」の編集業務などの助っ人として大いに頼りになる存在であるという。 「最近は俳句もつくるようになって、俳句が面白いって言うんですよ」とにっこりされた遠藤さん。
by fragie777
| 2016-05-10 19:41
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