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8月31日(月)
台風到来ということで、雨のはげしい一日となる。 学生バイトさんたちはさっき帰ったところである。帰りの電車が動かなくなるなんてこともあるので、今日は早目にかえるようにしてもらった。 わたしの目の前では、スタッフたちが仕事に集中している。 ゲラをめくる音、パソコンを打つ音、あちらの部屋では本をきれいにしているのだろうか、何か音がする。本を梱包しているのかもしれない。 昨日付けの毎日新聞では、新刊の山西雅子句集『沙鴎』と中岡毅雄句集『啓示』が紹介されている。 山西雅子句集『沙鴎』は、新刊紹介のところで。 水引の花は動かず入日さし 「私的な体験を超え身辺素材を詩として深めている。著者が目をとめるものの新鮮さが俳句の広がりを感じさせる」と。 中岡毅雄句集『啓示』は、「詩歌の森へ」で酒井佐忠さんによって。「静けさという苦しみ」というタイトルがつけられている。 「句集を読むのにこれほどきれいな光景に出合い、しかしなお胸のふさがれるような思いのすることは余りない」という書き出しではじまる。もとより中岡毅雄という実力のある俳人が、思わぬ病を得たことによっていのちに向き合う俳句をつくることでいっその深まりをみせていくわけであるが、それを酒井氏は、「単なるデッサンを超えて、作者自身の鎮魂のために言葉が発せられいるのかと思う」と。「散りゆく花びらの一つ一つにも、繊細なミズスマシの動きにも、透きとおるようないのちの輝きを誰よりも敏感に感受する。」。そして「ひとたびは生を此岸に冬ざくら」「まだ、40代の作者は、いまは確かに『此岸』にある。俳句の言葉と自然の力が、苦しみを遠ざける」と。 今日は、八木幹夫さんによる「ぬばたまの夢」と有働薫さんによる「詩人のラブレター」を更新してアップ。 「ぬばたまの夢」は「にほ鳥の葛飾」。「にほ鳥」が「葛飾」に掛かる枕詞だったなんて…。八木さんの詩の作品を読みながら、ことばの背後にひそむ物語性とその意味のふかい奥行きを楽しめる「ぬばたまの夢」である。 有働さんの今回の「詩人」は、嵯峨信行さん。すぐれた詩人であり、かつ「詩学社」の社主であられた嵯峨さんの思い出を敬意の念をこめて有働さんは書かれている。今回の「桔梗の花 La campaunule」のみずみずしい輝きをもった詩が嵯峨さんの55歳のときの作品であるということも素晴らしいではありませんか。この嵯峨さんの詩を有働さんがフランス語に訳し、それをお兄さまであるフランス文学者の小林路易氏がすこし手伝っておられることも、有働さんにとってはこの詩をきっと忘れがたいものにしているのでしょう。そう、そして小林路易先生はわたしの学生時代のフランス語の先生でもありました。この美しい詩行のまわりで懐かしい思いが去来しますが、その懐かしさを越えて、この詩があたえる澄み切った一杯の水は濁ることなくいつまでもわたしたちを潤してくれるものであるでしょう。 有働さんが送ってくださった嵯峨信行さん。 わたしもお目にかかってお話をうかがいたかった方でした。 ああ、もう誰もいなくなってしまった…。 台風にふきとばされないうちに帰らねば……。
by fragie777
| 2009-08-31 19:02
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