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2月2日(木)
![]() 桜の芽吹きもはじまり明るい日差しにあふれていた。 今日はわたしをふくめスタッフ一同が朝からそわそわしている。 なぜって、お昼に大木あまりさんが仙川にいらっしゃることになっているのだ。 ちょうど一年前に大木あまりさんは、句集『星涼』で、讀賣文学賞を受賞された。そのお祝の会を催すにあたってふらんす堂が少しお手伝いをしたのであるが、そのことを大木あまりさんはとても感謝されて、わたしたちにお昼を御馳走したいとおっしゃって下さっていたのだ。 わたしたちは忘れていた約束だったのだが、あまりさんはその約束を果たすべく、仙川にいらして下さった。 お昼をいただいたあとは新しいふらんす堂へご案内してそこで夕方までいろんなお話を伺ったのだ。 「俳句」についてのお話が中心であるが、相変わらずの話の面白さにわたしは何度椅子から転げ落ちそうになったことか……。 今日の話は、「ふらんす堂通信」に一部掲載させていただこうと思っているのであるが、途中ボイスレコーダの電池がなくなってしまったのが残念である。 「雷」あるいは「稲妻」が大好きであるということ。 「雷のあの鋭さが大好きなのよ。ずっと雷のなかにいたいって思うのよ。雷に打たれて死ぬんだったら本望って思ってるくらいなのよ」 うっとりとしながらこんな風に大木あまりさんは語るのだ。 (ああ、そういえばこのことを自句自解のなかでも書かれていたなあ……) その「自句自解ベスト100大木あまり」の原稿もいただきいま進めているのだが、実はあまりさんは、わたしを恨んでいるのだ。「書きたくないものを書かせたって」。今日も「本屋で売らないで欲しい。わたしが全部買い占めるから……」などとおっしゃる。 スタッフみんなで「すごくおもしろかったです」と言っても、「ううん、そんなことない……」と恨めしそうである。 大木あまりさんは本当に可笑しいヘンな人だ。 しかし、素晴らしく人を魅了する人だ。 わたしは大好きである。 人間の奥行きが果てしなくってむかし「海底2万マイル」っていう冒険小説があったが、大木あまりさんの心の奥行きは2万マイル以上だって思う。果てが見えなくってその闇に吸いこまれそうになる。 大笑いしながら、いやあ、コワイコワイって思う。 そのコワサはあまりさんも気づかないその心のはての闇だ。 原始的な触覚と嗅覚をもっていて自身をとりまく世界を直感する。 その直感がことばをつかんだとき大木あまりさんにおいてはそのことばは詩の言葉となるのだ。 ![]() フリルのついたブラウスが良く似合うあまりさんだ。写真には写せなかったが、茶色の帽子と茶色のブーツが可愛らしく素敵だった。 お昼ご飯を食べ終えて、食べ残したものを家にやってくるアライグマとタヌキへのおみやげにしていたあまりさん。 夜の9時から11時は野良猫たちのための時間であるという。 餌をまつ野良猫たちのために何か所かを毎晩まわるのだという。 「風狂」ということばがあるが、実は大木あまりほどその精神において「風狂」である人はいないんじゃないかってふっと思った。 「風雅に徹する人」という意味ではなく、あらゆる権威的なものから自由であるということの「逸脱」の意味を込めてなのだけど…… でも、「風狂なんてダサイよ」ってフリルのブラウスの似合うあまりさんには叱られるかもしれないな…… 大木あまりさま。 今日は御馳走さまでした。 スタッフ一同、あまりさんに会えてあらためて感激していました。 「みづいろの窓」は、岸本尚毅著『虚子選 ホトトギス雑詠選集100句鑑賞・秋』の書評を神野紗希さんが書いている。 読んでさすがだと思った。 この一書の魅力が十全に語られているのだ。 俳句をわかりたいと思ったら、俳句のHow to本を読むよりこの一冊を読んだほうがいいと書かれてあるが、わたしもその通りだと思う。 すぐれた著書がすぐれた評者に出会う喜びを感じさせてくれる神野紗希さんの書評である。
2月1日(水)
![]() それぞれが奇麗な色をしていることに気づき、写真に撮ってみた。 (ヒマだったわけではありませんが…) ふらんす堂の仕事場のとなりのとなりがコンビニのセブンイレブンである。 今日こそはおでんを食べようと決めていた。 そのためには12時になる前にセブンイレブンに到着していなくてはいけないのである。 なぜかっていうと昼時になると近隣の中学校、高等学校、短期大学、音楽大学の生徒諸君がわっと集まってきて、狭いコンビニに溢れかえるのである。 「今日はゼッタイ早く行ってあの子たちに勝たなくっちゃ……」。ってわたしが言うと、 愛さんがフフフって笑って、 「そうですね、わたしたちはあの子たちのことを「イナゴ系」って呼んでます。」と言う。 大群で押し寄せて、食べものをすべてかっさらっていくから、ということである。 なあるほど! 上手いことを言う。確かに彼らに後れをとると食べるものが見事に無くなっている。 で、わたしの行動は素早かった。12時ジャストに走って行って、「イナゴ系」に見事に勝ったのである。 いいこと、よくお聞き! おばさんはね、まだまだアンタたちに負けませんことよっ。 新刊句集を紹介したい。 大槻和木(かずき)句集『消印』(けしいん)。 俳誌「銀化」(中原道夫主宰)に所属する女性俳人である。 まず手にとって装丁のカッコよさに驚く。なにしろ洒落ている。主宰の中原道夫さんの装丁である。「消印」という句集名にふさわしく本物の消印がレイアウトされているのだが、その消印は日本のものではなくてPARISという文字があり、フランス国のものというのがヤラレマシタね。横文字があしらわれ、消印四つをグラデーションに置き、すべての処理がうまい形に按配されなんとも心にくい。赤と緑と白をまず感じさせる色の配合だが、おさえた色となっているので、下品になっておらず絶妙なバランスである。中原さんの装丁のものとしては従来のものよりぐっと渋い感じだが、わたしはこのくらい抑えた色のものがいい。素晴らしい仕上がりだと思う。 一枚の切手の旅や巴里祭 この一句より、句集『消印』ははじまる。この一句の世界に装丁がひびき合っている、というわけだ。 中原道夫さんが2005年に銀座で開いた「エンタイア展」(entire=使用された切手のついた宛名、消印など完全な封筒)を見て、それに魅了された大槻和木さんが、そういうイメージの句集にしたいということで「消印」という句集となった、と中原さんの序文にある。見返しにはそれらの封筒が美しい色であしらってあり、すみずみまでのこころくばりである。 菊枕ぐつすり死んでをりしかな なやむほどのことかとなやむさくらどき 初鏡はなれてみてもおなじこと まるまつてをればすむこと露の玉 国産の月こそよけれ旅枕 つきささる若さのありてダイビング 水馬の水面やぶらぬちからかな 障子張り洗ひたてなるわが心耳 麨にむせびふみとどまる此の世 振り出しにもどらうと思(も)ふ炭をつぎ 句稿の選を引き受けてやってみると、毎月七句投句して来て削られ既に選られているだけに、水準の高さに目を見張った。元来面白い作品を書く人だとは感じてはいたのだが、作者像が立体的に見えて来ると同時に“天然”の可笑しさに何度もズッコケたり、ガハハと笑った。ヘップバーンのような巨きなサングラスをかけて澄まして句会にやって来る彼女が、これほど茶目っ気があり、“傑作”な人だったとは……。大声を出して笑う句集と銘を打って世に出そうとも思ったくらいだ。余りにも可笑し過ぎて、重石として少しシリアスな方向のものを後半では多く残すことでバランスを取ることにした。 夏蝶を追へばわたしに出会ふかも 待つとせば深草少將曼珠沙華 かぜを押す風つぎつぎと秋立ちぬ 平凡をかみしめてをり夏蒲団 湯ざめして護謨(ごむ)の伸びたるもの多し 声明の堂宇に満てり天の川 よもつひらさかころげゆくなり寒卵 端居して字余りのごとをりにけり 八月のラジオにたまる埃かな 人ごゑにこころ展きぬ冬ざくら ジャズ・ライヴ聴き終へ芋洗坂おぼろ うららかや雲に押されて空うごく 紙雛の日向くさきを納めけり 魚信待つ人ぢりぢりと灼くるなり 世に馴れず己に馴れず白地着て 過ぎし日の嵩をたためり秋の蚊帳 先生には選句(一千余句の中から三八九句)、身に余る序文、表紙(先生のエンタイア展に伺い、すっかり虜になり是非どこかにそのニュアンスを使用して頂きたく懇願の末実現させて戴きました)、更にイラストレーションを無理にお願いし快諾を頂き句集に挿入して頂きましたこと、此の上ない悦びです。 「あとがき」の言葉であるが、この本文中に挿入された中原さんの手によるイラストレーションがすごくいいのだ。筆致に勢いがあり、まずそれが目に飛び込んでくる。なんとも贅沢な一冊となった。 冬木の芽吹聴したきことひとつ この句は、担当の愛さんの好きな句。「『吹聴』という言葉が面白いですよね。」と愛さん。 蚕が絲を吐き続けるように、枚数が尽き、年齢が尽きるまで、新しい出会いを求めペンを握りたいと思っています。 とは、「あとがき」のことばである。 今日はお客さまがひとり見えられた。 古平隆(こだいら・たかし)さん。 昨年ふらんす堂より、句集『鳥雲に』を刊行された里川水章さんよりのご紹介である。 山口誓子の評論を読んで、俳句を作ろうと思ったとお話された。 「天狼」に山口誓子が亡くなるまで所属し、その後「鉾」で俳句を続けられたという。 里川水章さんとは40数年来の句友であるとも……。 ![]() 「里川さんから貰った句集『鳥雲に』を見て、ふらんす堂に句集をお願いしようと思いました」とは嬉しい言葉である。 大学の先生であるようだが、何のご専門か聞くのを忘れてしまった。 「これから仙川駅で里川さんと待ち合わせをしているんです」と帰って行かれたのだった。 「上品で知的なおじさまがお二人仙川駅で待ち合わせなんて、なんだか可愛らしいですね。」とは愛さんのことばである。
1月31日(火)
![]() 反対側は竹垣となっている。 こんな風に恋人と来るのに良い美術館かもしれない。 (デートコースとしておすすめです。) わたし? わたしはひとりでまいりましたが、なにか……。 今日のお昼ちょっと前のことである。 「今日は隣のセブンイレブンのおでんを買おうかなあ、それともアンデルセンのパンにしよっかなあ…」 と、昼ごはんのことを夢見ながら、みんなに言ってみた。 すると、 スタッフの愛さんが、わたしの顔をじっと見ながらおそるおそる、 「あのう……、yamaokaさん、今日……、お給料日なんですけど、お忘れということは……」 ガーン 「!!!!わあああああ、わっすれてた!! ごめ~ん、すっかり忘れてたあ……」 昼ご飯の映像はかき消えた……、そして大急ぎで給料計算を始めたのだった。 25日の次の山場が月末のスタッフたちへのお給料の支払いである。 大事な今日の日を忘れるなんてことは、今までに一度もない、 ってことはないな。 一度あった、 いや二度はあったかもしれない。 経営者としてあるまじきことである。 スタッフたちは大笑いをしていたが、本当に申し訳ない。 ここで給料計算の数字を間違えたらそれこそ追放ものであるので頑張った……。 で、 無事にみんなにお給料を払えたのだった。 お給料を支払ったあとは落ち着いた心で校了にすべくゲラを読む。 二月刊行予定の高濱虚子精選句集『遠山』(深見けん二編・解説)のゲラである。 読んでいくと有名句の多さに驚くのは当りまえなのだが、人を喰った句が多く、思わず笑ってしまう。 そのたんびにわたしは声にだして、 「ねえ、ねえ、ちょっとこんな句があるのよ」って言ってみんなの仕事の邪魔をする。 食ひかけの林檎をハンドバッグに入れ だってさ」。 「ハハハッハッハ…」 「それって誰の句ですか?」 「だから虚子よ、深見先生が選ばれているのよ」 「へえ、面白いですねえ」 「あら、こんなのもあるのよ」 志俳句にありて落第す ですって、ほかにね、」 我を見て舌を出したる大蜥蜴 「なんだか気持が磊落になって来るわよねえ」 「何と言っても面白いのは例の「バナナ」の句ですよねえ」と愛さん。 川を見るバナナの皮は手より落ち 「アハハハハハそれって面白い」 スタッフみんなを巻きこんで、虚子の句に呑気に笑い合ったわたしたちだった。
1月30日(月)
![]() 美しいフォルムだ。色もいいなあ……。 フェラーリとランボルギーニにはまだ一度も乗ったことがない。 寒い日がつづいている。 そして、今日のおやつは「うぐいす餅」だった。 春をまちのぞみながら、わたしたちは「おいしいねっ」って言って、「うぐいす餅」を頬張った。 新刊句集を紹介したい。 林いづみ句集『幻月(げんげつ)』。 第一句集である。 俳誌「風土」(神蔵器主宰)に所属し、神蔵主宰が序文を寄せ、大仏師・松本明慶氏が帯文を寄せている。大仏師とは、仏像などを制作する人(仏師)の敬称であるということだ。 林いづみさんの豊かな感受性が日本の森羅万象と文化を見事に織り込んだ句の世界である。 この句集『幻月』が内包する世界は深い。それはまたとりもなおさず、著者林いづみさんの精神世界の広やかさである。 「幻月」とは、広辞苑によると「月の両側に現れる光輝の強い点。空中の氷晶による光の屈折でおこる暈の一種。」とある。ちょっと分かりにくいのだが、スタッフの愛さんがインターネットで「幻月」を見つけてくれた。月のちかく少し離れてもうひとつ月のようなものが見える。気象光学的におこる現象らしい。寒い地方でしかみられないということだ。 気象光学に「幻月」と言われる不思議な現象があり、きわめて稀にしか見られないとか。俳句もまた、その幻を追い求める営みかも知れません。 「あとがき」の言葉であるが、「幻月」とした著者の俳句への思いがわかる。 あたたかや若草色の封書解き 花の寺竹筆二本選びけり 向き合うてカナリヤ色の枇杷を剝く ゲーテ座に住まふ蓑虫ありにけり 仏みて仏にみらる薄氷 つばくろやドブ板通りのワッペン屋 日常生活にもどこかゆったりした時間が流れている。林さんは生きることの「余白」を大切にする人だ。だから人との出会いひとつひとつがかけがえのないものとなる。そのお一人に亡き俳人の飯田龍太がいる。龍太さんの境川にある山廬をなんども訪ねたという。 行き逢ひぬかげろふ坂のなかばにて (飯田龍太先生) 落椿揃へ置きたる山廬かな 『龍太全集』第一巻や春の雷 まばたきの戻るや狐川温む 雪割草涙のあとの泪かな 二月逝く訃報ひとつを置き去りに 身に入むや巨きかひなの中に入る (飯田龍太展) 装丁はフランス装。書道家でもある林さんご自身の揮筆の「月」という字を配した。全体は青と白の二色のトーンで、句集名の「幻月」のみが金箔である。タイトルの文字の小ささがかえって余白を呼び起こす。帯に透明な用紙を用い、月という文字が欠けないように按配した。そのことによって、月がはるかなものとなった。この句集の世界を表現し得たのではないか。 神蔵器主宰の序文がまたこの著者の奥行きを語って興味深い。 ある日、私はいづみさんに「書道と俳句と両立する道はなかったのか」と尋ねた。いづみさんは「一日百枚書く人が、十日百枚書けば千枚、三十日書けば三千枚書ける。もし一年間一日百枚書きつづければ、一年で実に三万六千五百枚となる。書いても書いても思うように書けなくても、多く書いて努力していればいつか無我の心境というより、気を失ってしまったような時がある。しかも、筆だけは確かに動いていた。そんな時には自分で思っていなかったいい線が引け、佳い字が書ける。これは書道で学んだことだが、俳句もそうしたものではなかろうか」と。 白檀の仏三寸涼新た 朧夜のヘアピン鉄の匂ひして 思ふことまとまらなくて草を引く 石ころの一つひとつに初御空 春暁の鍵にて鍵の穴ふさぐ 孑孑の神田生れでありしかな 石投げて仏にあたる暮の秋 くちびるにそよぎありけりさくらんぼ みすずかる信濃にかなかな時雨かな 平凡の中の非凡や龍の玉 寒明くる背骨腰骨鳴らしつつ 沈丁花墓石に触れてしまひけり 芍薬の風脱ぐやうにひらきけり トマト喰ぶ月の山より下り来て 蛇笏忌の靴を濡らしてをりにけり 着ぶくれて人いつしんに銭洗ふ 黒手套にぎり面会室にかな 俳句に出会い、多くの方々との出逢いを得てその御縁で沢山の愛に育まれ、心豊かな日々を送ることが出来ました。改めて、すべての方に感謝申し上げます。 ふたたび「あとがき」の言葉を引用した。 手繰り寄す一会が百へ天の川 著者林いづみさんの思いを凝縮した一句であると思う。 きょうのおやつの「うぐいす餅」のことだが、「うぐいす餅」と言えば、かの有名な句、 街の雨鶯餅がもう出たか 富安風生 をきっと思い出す。 そして、「うぐいす餅」を食べながら、「出ましたね、風生先生」って心の中でつぶやいている自分に気づく。 わたしたちの日常のなかに沁みとおっている詩のことばだ。 ![]()
1月29日(日)
![]() 真向かいにある小学校が映っているのがおもしろい。。 そのみゆき通りを7、8分も歩けば、「根津美術館」がある。いま開催している「百椿図(ひゃくちんず」の展示をどうしても見ておきたく、ひさしぶりに根津美術館に行った。 このところイベント続きでかなり疲れているのだが、今日をはずすと行ける日がない。 都心に出たついでに青山まで足をのばした。 ![]() 「椿をめぐる文雅の世界」とあるように、色も鮮やかな多種多様に描かれた椿のオンパレードだ。 江戸時代の初期に空前の椿図ブームが起こったという。 珍しい品種への注目が高まり、数多くの椿を集めた書物や図譜も制作されましたが、なかでも当館が所蔵する「百椿図」は。100種類以上もの椿を色鮮やかに描きだした屈指の名品です。本展では、「百椿図」を2巻、計約24メートルを可能な限り広げて展示、その全貌をご覧いただきます。室町時代の花鳥画や江戸時代の工芸品などの椿図をあわせて、新春を華やかに飾ります。 とは、ポスターのことば。 その椿に、皇族や門跡、公家や大名、歌人、連歌師、俳人、儒学者、僧侶など49人が和歌、俳句、漢詩を寄せている。 椿ってこんなに種類があるの!って驚かずにはいられないような、椿、椿、椿である。 椿がさまざまなものに取り合わせられて描かれている。 なかでも印象的だったのが、ちりとりにあしらわれた赤い椿である。 ![]() この図録の赤が「百椿図」を見終わったあとに、椿の鮮明な色として脳裏にのこる。 この赤はまさに「椿の赤」である。 絢爛な椿の世界だった。 根津美術館は庭も広い。 すでに閉館まぎわだったので、十分に回りきれなかったが、この美術館は好きな美術館のひとつだ。 ![]() 美術館を出た通りに椿が咲いていた。 昨日の「増殖する歳時記」 は、今井肖子さんによって、奥坂まやさんの句集『妣の国』より。 いつさいの音のはてなり雪ふるおと (略)降る雪を見ているといつも、雪を聞いている、という気分になる。その、おと、は確かに、耳に届く音ではなく、全身で感じる静かで賑やかな気配のようなものなのかもしれない。 と今井肖子さん。 寒い日がつづいている。 雪が降りつづく映像がテレビに映し出される。 寒い……、 テレビを見るだけでも思ってしまう。 東京も今週あたり雪が降るかもしれない。 雪が降って、雪が降って、東京はあったかくなっていく。
1月28日(土)
![]() 神戸より今もどったところである。 今日はスタッフのPさんとフリーカメラマンの各務あゆみさんとともに神戸にお住まいの後藤比奈夫先生宅をお訪ねした。 いますすめている散文集にいれる口絵の写真を撮影することが主な目的である。 今度の散文集はご自身を回顧しておられることが主となっているので、それにまつわる思い出の品々などを口絵として入れたいというこちらの希望に応えていただいたのである。 先生の愛用のお品や後藤夜半にまつわるものなども撮らせていただくべく大方のこちらの希望は申しあげておいたので、それらのものはご用意くださっているに違いないとは思っていた。 しかし、である。 ほかにも期待するものがあった。 後藤比奈夫先生の身の回りにはきっとステキなグッズが沢山あるだろう、という思いがあったのだ。 先生は少しも気づかなくて、でも私たちの目からみたら「とってもステキ!」というものがあるに違いない。 なにしろすべてが自然体のお方なので、ことさら何かをご自慢なさるようなことはぜったいなさらない。 「ステキなネクタイですね」って申しあげても、 「そうですか……、フフフフフ」っていう具合だから。 (お召しになっているスーツなどは、とびきりの趣味の良さである。すべて英国製の生地を使って何十年来の仕立て屋さんが仕立てるというものである。) 今日もきっちりとスーツを着こなしてわたしたちを迎えてくださった。 ![]() 本当にたくさんの写真を撮らせていただいた。 俳句のことも沢山お話くださった。 夜半先生の句帳をみせていただいた。かの有名な「滝の上に水現はれて落ちにけり」がはじめて記されたものである。「滝」の句がたくさん書かれている一番はじめにそれは書いてあった。 (ああ、これが……) と感激した。 「おやじはね、しつこくてね、おんなじ季題でたくさん作るんですよ。」って比奈夫先生は笑いながらおっしゃる。 その句帳もカメラマンの各務さんがすべてカメラにおさめたのだった。 先生の愛用のネクタイも万年筆も撮影した。 ![]() 可愛くて美しいでしょう。 「先生、これステキですね」って申しあげても、 「ほう、そうですか……」って、とても恬淡とされている。 そこが本当にいいのだ。 「粋」というのはこういうお人のことを言うのだと思う。 今日お話いただいたことはこの散文集にも収録し、あるいは「ふらんす堂通信」にも掲載したいと思っている。 比奈夫先生のお嬢さまの淹れてくださった美味しいお茶とケーキをご馳走になって、わたしたちは、先生が住まわれている「高羽字瀧の奥」をあとにしたのだった。 ふらんす堂にもどると「俳人協会賞」の連絡が来ていた。 今日決定したのだ! 第51回俳人協会賞 句集『春のこゑ』(角川書店) 辻田克巳 句集『夏木』(ふらんす堂) 山本洋子 第35回俳人協会新人賞 句集『雲の座』(ふらんす堂) 押野 裕 第26回俳人協会評論賞 『高浜虚子 俳句の力』(三省堂) 岸本尚毅 『壺中の天地』(角川学芸出版) 中岡毅雄 ご受賞された皆さま、おめでとうございました。 心よりお祝いを申しあげます。
1月27日(金)
![]() 上野精養軒にて俳誌「蘭」(松浦加古主宰)創刊40周年の記念祝賀会がありおもむく。 創刊40周年とは立派である。 「蘭」というと俳人の野澤節子先生をなつかしく思い出す。 わたしが駆けだし編集者時代につとめていた出版社の社長は、「蘭」を始めた野澤節子と親しいということもあって、野澤先生とはお目にかかることも多かった。そのころのわたしは総合誌の編集担当だったので、ずい分と原稿をいただいた。お家にまでうかがったことがある。 代表句がいくつかすらすらと口の端にのぼってくる。 その青春期のほとんどを脊椎カリエスのために病床にあったという話は有名である。 実際おめにかかってみるとしゃきしゃきと歯切れのよい口ぶりで人をそらすことのない不思議な魅力を湛えた人だった。汚れないまま大人になった女性でありながら俗世間のことにもよく分かっているシャープさと、ざっくばらんな懐の広さを感じさせる一方、少女のような無邪気さもある方だった。 東に野澤節子、西に桂信子あり、と言われた時代だった。 わたしが子育てをしながらの編集者時代だったときのことだ。野澤先生に原稿を貰いに行くのに、大きく膝小僧を出した半ズボンをはいて、言ってみれば編集者の常識では考えられないようなスタイルで意気揚々と会いに行ったのである。さながら遊園地にでも行くような格好だった。 その姿を一目みた野澤先生は、 「あらあ、あなた! 素敵な格好をしてるじゃない!いいわよっ!」 とえらく褒めてくださったのだ。 赤のギンガムチェックのルーズなブラウスをベルトで締め、ベージュの半ズボンといういで立ちがちょっと得意でもあったので、 「おお、先生!有難うございます! 」(なかなかいいでしょう!」と胸をはったのである。 そんな野澤先生の常識からは自由な若々しい感性にわたしはグッと来たのだった。 (こういうファッションがわかんなくっちゃ……)と無鉄砲なyamaokaだった。 その野澤先生がはじめられた「蘭」が40周年を迎えられたという。 多くの人のお気持ちと尽力があって続けて来られたものだ。 心からお祝いを申し上げたいと思う。 ![]() 松浦加古主宰にははじめてお会いするお方と思って御挨拶をしたら、 「あなたとはお目にかかっているのよ。石毛喜裕さんの出版のお祝のときに」とおっしゃられびっくりしたのだった。 石毛喜裕(いしげよしひろ)、 なつかしい俳人だ。 30代半ばで句集を刊行し、その後間もなく急逝した石毛喜裕。 この夭折の俳人についてはあとで紹介したいと思う。 新刊句集を紹介したい。 三浦百合子句集『楼蘭の砂』。 「鷹」(小川軽舟主宰)に所属する俳人の第一句集である。 初夢や楼蘭の砂掌にこぼす よりの命名である。 「楼蘭」とは「楼蘭は古代中国の西域に栄えた都市国家である。一九〇〇年のスウェン・ヘディンの探検により発見されるまで、さまよえる湖ロプ・ノールとともに歴史から忽然と姿を消した幻の存在だった。」と小川軽舟主宰が序文にかいているように幻の都市のことだ。 その楼蘭まで行って来たとは、なんとも大らかな気分の初夢である。しかし、ただ楼蘭に出かけたというだけでは絵空事。三浦さんの句が俳句として成功しているのは、その砂を「掌にこぼす」という具体性が生きているからである。 と小川主宰。この序文で、小川軽舟さんは、集中より10句を選んで鑑賞をしている。「楼蘭」の句もそのなかのひとつである。ほかの九句を紹介したい。 地駄曳きの馬三頭や春の山 戸を外し次郎左衛門雛飾る 霙るるや黒猫のゐる千代紙屋 秋蝶の風に抗ふ早瀬かな 浮草を水に見しのみ光秀忌 さくらさくら忽と女でありしかな みちのくの青山中やかたつむり トラックに新藁の嵩岩手山 野火はしる白河の関まだ見えず 私が初めて盛岡を訪ねたのは大学一年のとき。北上川越しに眺めた岩手山が印象的だったのをよく覚えている。三浦さんの俳句は、この地の風光がはぐくんだものである。三浦さんは俳人としてこの地に深く根を下ろしながら、けっして鈍重にはならず、むしろ自由な想像力を羽ばたかせてきた。この句集は、二十年余りにわたって三浦さんが「鷹」で歩んできた足跡である。その成果は読者おのおのに味わっていただきたいが、ここに十句を選んで私のささやかな水先案内としたい。 このようにして序文ははじまり、一句一句の丹念な鑑賞が添えられているのだ。 担当の愛さんも「楼蘭」の句が好きだという。句集の出来上がりをとても喜んでくださった三浦百合子さんだ。 「あまりにも嬉しくてご主人とふたりで約10分間ほど、いいね、いいねって言い続けたそうです」って愛さんが笑いながら報告してくれた。装丁は和兎さん。「楼蘭の世界で一番美しいミイラ」につけたいと思う装飾品をモチーフにしたという。そう幻想することもロマンチックである。 三浦さんは、紫色と緑色の二種類の色校正のどちらにしようかと散々迷われて緑色を選ばれた。 「グリーンを選んで良かったと思っているんですよ」と三浦さん。 大釜のふたつ伏せあり鴉の子 色鳥にガムふくらましゐたりけり ポケットのどんぐり行先など言はず 桐火鉢父あるごとく座りけり 三伏や詮なきことを追伸に 神鶏の蹴爪のしるき淑気かな 春あけぼの寝返りをうつ手足あり 寝て起きて四畳半なり荷風の忌 キリストもアラーも信じ夏瘦せぬ 源氏読むからから走る落葉中 次の間に和菓子の皿と扇風機 きのふけふ葉牡丹の渦真摯なり 能面師草の実つけて戻りけり 空映る行くぞ行くぞと春の水 鷹入会二十年。八十歳となった記念に句集を編もうと考えた。ひもといてみると、一度の休詠もなく、皆勤だけが取り得の拙い句が並んでいた。しかし読み進むほどに一句一句の景が立ち上り、息づいてきて、フィルムを見るように目の前に展けてくる。俳句の十七文字が、四百字原稿用紙一枚以上にものを言う。句集を作る醍醐味がそこにあった。あまたの宝石を身に付けるのではなく、『楼蘭の砂』と先に出した随筆集『木の匂い』を身にまとう幸せを思う。 「あまたの宝石」にまさる句集と随筆集を胸にいだく著者の幸せがこちらにも伝わってくるようだ。 ご上梓おめでとうごさいます。 さて、夭折の俳人石毛喜裕さんについてすこし触れておきたい。 編集者つとめ時代にわたしが担当した句集『早婚』を昭和59年(1984年)に刊行し、話題を呼んだ俳人である。この句集は「処女句集シリーズⅠ」の一環として刊行され、おなじシリーズには、片山由美子さん、今井聖さん、金子青銅さん、金田咲子さん、鎌倉佐弓さん、辻桃子さん、九鬼あきゑさん、鈴木貞雄さん、皆吉司さんなどが名を連ねている。 石毛喜裕さんは、和田耕三郎とならんで「蘭」の若手ホープとして期待された俳人だった。野澤節子はその序文に書いている。 毎月寄せてくる作品は、すでに俳句の省略を身につけ、汚れのない豊醇な詩情が匂っていて、いつどこでこれらのものを身につけられたのかと、その才に眼を瞠った。(略)彼は大地を愛し、大地を信じ、そこに両足ををふまえることを基盤としている。そして細やかに、闊達に、柔軟に詩の世界に生きる。肉体労働ともいえる仕事の間を縫って、一句一句つむいでゆく喜裕の句は、苦渋のあとを全く見せていないが、一句への打込みと執念は尋常なものではないと察せられる。(略) 野澤節子の讃辞はまだ続くがこのへんに留めておきたい。その石毛さんが、亡くなったと知ったのは、かつて「蘭」に所属しともに研鑽をしていた俳人の山下知津子さんからだった。炎天下の車の中で死んでいた……、という衝撃の知らせだった。何歳だったのだろうか……、まだ30代だったのだろうか……。信じられない思いはまだつづいている。日に焼けた人懐こい笑顔で現れてきそうだ。若き日のままに。 石毛さんの作品を紹介したい。 石毛喜裕という俳人がいたのだ、ということをしばらく心にとどめていただきたい。 雪の一村湯呑の底に蜘蛛の棲む 寒禽のまぶたうすきをあはせ死す 冬の鵙うしろすがたも父なりけり ぶらさげて鮟鱇の死の重さなど 鷹の眼のまつさかさまに孤りなり 春祭上総にはしる波頭 白梅の一枝一枝の男振り こころこころと天のあめづらひるかはづ 螢籠男の前に女かな 武蔵野の骨組太き霜柱 春鴎ひと日の汚れかがやける 春満月嬰児ぐきぐき乳を欲す 地の蟻となりて骸を曳きゆかむ 石蕗咲いて髪あをあをと愛しけり せんだんの蔭をとほりて父の日よ あけがたの風匂ひ来る早稲の花 燕来る胸の白妙汚さずに 盆の僧うしろ姿をくづさざる みづうみにひかり降り込む薬狩 大盃の酒一月の野のひかり 金ン色の牛の垂涎大寒来 末黒野に鴉のひかる眼をみたり 蕉十哲中の一人の白絣 逝きし人の枕に秋の窪みかな 元日の海の音入る仏間かな さくらしだれて地の堅肉に触れに来る 盆波や大皿胸に抱へ出る 白地着てさまざまな樹の影を行く 句集『早婚』より。 自分の思いを托すこの詩型に現れるであろう変化を、みずからが見とどけなくてはならないと思っている。 と「あとがき」に書いた石毛さんだったが、見届けることなく逝ってしまった。 こうして僅かな句数であるが、思いもかけずここに紹介できたことが嬉しい。
1月26日(木)
![]() 今日は霞が関ビルの34階「霞会館」で、「汀」(井上弘美主宰)創刊の記念の祝賀パーティが開かれた。約100名の「汀」に集うお仲間が集まってのお祝いの会となった。 来賓は、「泉」副主宰の藤本美和子氏、国文学者の堀切實氏など井上弘美さんにごく近しい人たち数人が招かれ、あたらしい俳誌の創刊をお祝した。 ふらんす堂で「現代俳句文庫井上弘美句集」を刊行させていただいたご縁によって、わたしもお招きをいただいたのである。 この句集は、この日のために、お間に合わせしたのである。 新しい俳誌に集う人たちの輝きに充ちた、とてもいい会だった。 この句集については後日あらためて紹介させていただきたい。 ![]() 藤本美和子さんは、「泉」主宰の綾部仁喜氏のお心の籠ったお祝の言葉を代読された。 お二人はとても仲良しである。 井上弘美さま、そして「汀」に集う皆さま、 今日は素敵な会にお招きをいただきありがとうございました。 創刊をこころよりお祝い申し上げます。 新刊句集を紹介したい。 上田佳久子句集『田舎教師』(。「南風シリーズ」の一環として刊行されたものである。 第2句集となる。 帯文を主宰の山上樹実雄氏が寄せている。 よどみなき俳句への愛と信頼、本集を手にした私の感想である。当然、俳句の基本を弁えてのことで、集名になった〈悴みし手をとり田舎教師たり〉の句も体験を身に引き寄せての作。互いの言葉の交響に心打たれる。推すべき佳集が成った。 皺の手に小さき手が寄り薺摘む 庭隅の残雪悔いのごときかな 夕立を連れて着きたる渡舟かな 手に残るばつたの力愛しめり 蜷の道もつれもつれて蜷居らず 足跡は秋思の深さ渚行く 狼になりたき犬が月光裡 自然薯のくだくだしきを摺り下ろす 綿虫の遊びごころの行方かな 寺町のもつとも炎ゆる甍かな 髪を結ふ夏瘦せの肘尖らせて 一瞬の日のきらきらと蜻蛉かな 檻の鷲空恋ふ胸の和毛かな 邂逅や胼の手と手を握り合ひ 上田佳久子さんは三重県亀山市におすまいだ。「お電話でしか、お話したことはないのですが、とてもきびきびとして凛とした素敵なお方です」とは担当の愛さんのことばだ。 悴みし手をとり田舎教師たり 「もと教師をしておられたということがお話をしていると彷彿としてきます」とも。その愛さんの好きな一句は、 ずぶ濡れに開き直りし夕立かな 七十路を生きる上での一つの目標に句集づくりをすることにしました。初句集『窯鳴り』以後、数年の短い期間での作品をまとめることになりますが、かえって一つ一つの句にしっかりと向き合えるのではないか。自分のまわりを深く見つめ直せるのではないか。と高い理想をもってとり組んできました。 しかし、あるがままの自分の姿を描き出すということの難しさを思い知らされたのが句集を編んでの感想です。が、私にとって、これからの余生に勇気とかすかな指針をもたらしてくれたのも確かです。 「あとがき」からもまた、すっきりとした志の高いお人柄が伝わってくる。 年の火にかざす手と手の齢かな 「手」がさまざまなことを語りだす句集である。 いま句集をおすすめしている南うみをさんから電話をいただいた。こちらで送った装丁のラフイメージがどうやらとどいてないらしい。 「いったいどうしたのでしょう?」と言うと、 「こちらは今豪雪となっていて、それが原因かもしれません」ということ。 近年になく雪が降り続き雪にとざされてしまっているとのことだ。 「小さなトラックを持ってるので、それに雪をのせて海へ捨てに行くんです」と。 「いまも降ってるんですか?」 「ええ、もう、はげしく降りつづいています」 わたしはしばらく受話器を耳にあて、電話のむこうに雪の降りつむ音がしないかと、じっと聞き耳をたてた。 ………これは無理だ。 しかし、南うみをさんの向うには雪だけがあるって思うのはいい。 日本海へ降りそそぐ雪だ。 やがて、ふたたび南さんから電話が入った。 ラフイメージが届いたということ。 そして、 雪はなおも降りつづいているらしい。 「ふらんす堂句会」の年間賞の受賞作品と受賞者の発表をしました。 トップページよりご覧ください。
1月25日(水)
![]() 目があったので写真に撮らせてもらった。 もちろん「撮らせてくださいな」って声をかけてから撮ったのである。 ピンと立った耳、賢そうな目、黒く光る鼻、清潔そうな胸元、こういう犬っていいな、好きだな……。 今日は支払日である。 一か月の一番の山場、ここを乗り切るとその夜のお酒がうまい、ということ。 午前中はパソコンより数十件の銀行振り込みをし、午後よりは銀行まわりとなる。 それらをどうにか終えてふらんす堂のもどったところ、 「ふらんす堂通信131出来上がりました!」 て声がかかる。 おお!! ![]() 机の上にはできたてのほやほやの「ふらんす堂通信」が乗っている。 「ペーパーバックの本のようです!」とPさん。確かに立派な厚さである。 一月刊行のものは、「書籍目録」も兼ねているのであらゆる刊行書籍が載っているゆえに厚いのである。今回は少ないスタッフであえぎあえぎ作りあげたのだが、こうやってみるとなかなか立派な冊子になった。 神野紗希さんの新連載「女の俳句」が始まった。「女が詠んだ句」ではなく、「女を詠んだ句」をとりあげてみたい、とある。第1回のタイトルは「世界の半分は、女」。(確かに!!)。楽しい読みものだ。しかし、楽しいばかりではない。なんたって「女」がテーマですもの、それはもう……。 遊びに来てくれた歌人の永田淳さんと佐藤文香さんの対談もとても面白い。 会員の皆さまへは、27日発送となりますゆえ、今月中にはお手元に届くのではと思っております。 新刊句集を紹介したい。 小川みのる第一句集『青田波』。 著者の小川みのるさんは、「狩」(鷹羽狩行主宰)同人、序句と帯文、「鑑賞七句」を鷹羽狩行主宰が、跋文をお仲間の執木龍さんが寄せている。 筑波嶺の風を均して青田波 狩行 句集名を詠み込んだ主宰の序句である。 下校児の攫はれさうな青田波 出口なき青田にひと日四つん這ひ 隣り田へ波をつなぎて青田風 ひとところ韋駄天走り青田波 下校児に道は一本青田風 句集名となっているように、「青田波」の句は多い。「下校児の攫はれさうな青田波」について鷹羽狩行主宰は、「鑑賞7句」で次のように書いている。 晩夏になると稲はしっかりと根づき、風が吹くたびに青田は波が立ったかのよう。そうした青田のなかの道を小学生が下校していく。折からの強風で、思わず下校児が青田波に攫われそうだと錯覚した。“神隠し”“かどわかし”の連想が働いたからだろう。 著者の小川さんは茨城県東茨城郡茨城町にお住まいだ。茨城が三つもついているので、跋文を書かれた執木さんは、「茨城の中の茨城」であると書いていて、「思わず笑ってしまいました」とは担当の愛さん。 小川みのる氏とは、平成九年狩茨城支部創設以来の仲間で、その重厚な作風に敬意を抱いて来た。それもその筈、二十歳から始めたという句歴の長さには私などの到底及び得ない眩しさがある。しかも「雲母」「濱」「天狼」等に所属して磨き上げた力量は尋常一様ではなく、茨城県内の俳人との交遊も広く、その存在は重きをなしている。かかる人物の初句集の跋文執筆に躊躇する気持はご理解頂けるだろう。みのる氏の「狩」入会は比較的遅く平成五年、同人は平成十六年である。それ以前の研鑽が「狩」俳句に触れていかに花開いたかがこの句集の見所であるに相違ない。ご本人は「田どころ生れなので田圃周辺の句が多く、それを特長としたい」とのご意向であるが、これまでの作品を通読して、氏の特徴はむしろ、狩らしい視点からのものの特質の把握にあるのではないか、との感を深くした。 執木龍さんの跋文である。「狩」らしい視点からのものの特質の把握にある、として次のような作品をあげている。 咄嗟にはゆかぬ会釈や田植笠 水喧嘩らし聞きなれし声と声 雲のなきことの退屈あめんばう みづからを問ひつめて蓮枯れしかな またもゆるびし筍の括り縄 小川みのるさんの句歴は長い。10代の終わりに俳句をはじめ、いくつかの俳句結社に投句し「天狼」を通し地元の結社「朝霧」に入会、そこで熱心に俳句に関わるのだが、身辺の都合によって昭和43年に俳句をつくることを断念される。「狩」入会は20数年後の平成5年である。 『青田波』は私の初めての句集です。いつまでも若いつもりでおりましたが、今年私は喜寿を迎え、俳歴の方もトータルで三十年を越えました。そこでこの機会に俳句の足跡を残しておくことも必要かと考え上梓することを決意しました。 「あとがき」のことばである。 昭和から平成にかけての豊かな田園風景を、少しでも思い浮かべて頂けましたら幸せです。 土踏まぬ嬰の足裏稲びかり 突堤にダンプ来てをり冬怒濤 農継げと言ひ出せずゐるソーダ水 匂ふほど鎌研ぎすます雁渡し 田仕舞の煙を天に返しけり 村おこしには白鳥の数足らず 筑波嶺の風の尖りて野菊晴 燃え渋るものくべられて日の短か 草刈鎌研ぎ細らせて老いにけり 筑波嶺の星の大粒寒波来る 田圃のある風景とその暮らしは著者の一部となっている。「茨城の中の茨城」を愛する俳人の姿がよく見えてくる一集である。 愛さんがすきな一句は、 つばくらや字に二の橋三の橋 爽やかな作品だ。装丁もまた青田の風の匂いを運んでくるような爽涼感のあるものとなった。君嶋真理子さんはシンプルで嫌味のない本をつくる。そして品格がある。これはもう彼女のもっている体質のようなものだ。 わたしが気になった句は、 沼の面のすこし毛ばだつ冬はじめ 「毛ばだつ」沼に魅かれた。そんな景をみてみたいと思った。 実は今日は冷蔵庫にフランス・ボルドーの白ワインが冷やしてあるんだ。 (ちょっと奮発したの) 支払いが無事に終わったから、 乾杯! そうそう、「ふらんす堂通信」も無事に出来上がったしね。 乾杯!
1月24日(火)
![]() 昨夜から降った雪がもう大分解けてきたようだ。 「雪が降る」ということはいやではないし「雪」というものを年ごとに経験したいけれど、出勤する身にとってみると「難儀だなあ……」とも思う。玄関をあけて雪の世界へ踏み出すにはちょっとばかし、丹田に力がはいるというものだ。 今朝のこと、とり損ねてお気に入りの小鉢を割ってしまった。派手な音をたてて床上に落下し、見事に砕け散った。 その30分後、こんどは砂糖のはいっている容器をひっくり返した。家の中にも雪が降ったがごとくで、ヤレヤレである。2度の失態つづきに、わたしはきっともう一度なにかをやらかすぞ、って思った。 ウーム……きっとこれは凍った雪道で派手にひっくり返るなんてことになるかもしれないな…… そんなことは断じておのれに許してはならない、と、雪に負けじと勝負をいどんで家を出たのだった。 いまんところ、雪に勝っている。 しかし、まだ油断してはいけない。 帰りの対決が残っている。 今日は嬉しいニュースをご本人からいただいた。 昨年、句集『ユーカラ』を刊行された大澤久子さんが、第32回「鮫島賞」を受賞されたのだ。 この「鮫島賞」というのは、北海道俳句協会が主催するもので、「北海道における年間最優秀と認められる句集の著者を顕賞するもので、北海道在住の俳人が選ばれる」賞であるということだ。 第28回「鮫島賞」にはやはりふらんす堂でかつて句集『青韻』を刊行された久保田哲子さんが受賞されている。 大澤久子さま、第32回「鮫島賞」のご受賞、おめでとうございます。 こころよりお祝いを申し上げます。 新刊句集を紹介したい。 矢野真緋子句集『星宿(ほしやど)』。 著者の矢野真緋子さんは、俳誌「狩」(鷹羽狩行主宰)同人、帯文と序句を鷹羽狩行主宰が寄せ、広島支部長の吉原一暁さんが跋文を寄せている。 「星宿」とはなんと美しい言葉だろう。この句集名が象徴するように、著者の矢野真緋子さんには、星々を詠んだ作品が多い。 わが住むは水の星なりしやぼん玉 翼灯が銀河の岸にさしかかる 人工の星の飛ぶ世や賢治の忌 鞦韆の父子一番星に触れ 軒先は銀河の岸辺螢飛ぶ 軒に吊り星降りさうな螢籠 鵜篝の爆ぜては星を遠ざける 地球にも体内時計蕗の薹 こうした星の句々に見られるように、真緋子さんの俳句眼は、スケールの大きな美的センスに支えられた、知的な意外性を孕む発想と構成力が鮮明である。その根底には緊密な写生によりながら、平明な表現を目指す俳句理念が濃厚である。 吉原一暁さんの跋文である。 句集『星宿』の特徴のもうひとつは、鷹羽狩行主宰が帯文に書いているように八年間のオランダ生活の「在外詠」である。 鳥渡るオランダ果てもなくたひら 海よりも低く住み慣れ柳の芽 短日や首より鳩の歩み出し ノラとなれノラとなれとて虎落笛 十字切る指を浸して寒の水 人形の手足のよごれ春隣 「狩」に入会以来三〇年という長い歳月が流れております。一度自分の俳句を纏めてみなければという思いと、踏ん切りのつかない思いとの間で葛藤しながら過ごしておりました。このたび思い切って自分をさらけ出す気持ちで今までの句を纏めてみることにしました。その作業の間、実に多くの気づき学ぶことがあり、こんなことならもっと早く決心しておけば良かったと思わされたことでした。自分の来し方を辿ることにより「温故知新」として今後に活かしてゆけたらと願っております。 「あとがき」のことばだ。 「狩」で俳句をはじめてより30年の第一句集である。著者の矢野さんの思いもひとしおのことと思う。 外国暮らしが長い著者であり、「星宿」という句集名が象徴するように著者の立つ地平はひろやかだ。そんな著者へ鷹羽狩行主宰の序句は、さらにその次元を超えんとするものだ。 生まれ代りは緋牡丹と決めゐたり 狩行 句集名も主宰が付けられたという。装丁はちょっと不思議な星よりの使者とも呼ぶべき翼のある天使の装画だ。装丁をした和兎さんおすすめの装画であると、担当の愛さんは言う。たくさんのラフイメージのなかからこれを選ばれるとは最初思わなかったと。しかし、矢野さんはたいへん気に入られた。 愛さんの好きな一句は、 王宮の百のかがみに緑さす 著者の「オランダ暮らし」のときの作品である。 月光に埴輪ぞろぞろ歩きだす 紅椿雪をこぼして雪に落つ 流人墓すこし傾ぎて灼けゐたり 春田打土に生まるる土の影 白南風やあやせば手足もて応へ 竜宮のものか乾びて春渚 奥にあるもの美しき伊予簾 白樺の木端(こつぱ)ののこる夏炉かな この「白樺」の一句、「どこかエキゾチックで優雅な趣」とは鷹羽主宰のことばである。 スタッフのPさんは今日は朝から出かけていていない。 俳人の西村和子さんのところにうかがって句集の作成のお手伝いをしている。 昼に西村さん宅へお電話をした。 「新米スタッフなのでご指導をよろしくお願いします!」って言うと、 「アハハハハ、あなたよりしっかりしてるわよ」って西村さん。 ヤラレタ。 三度目のショックはこれだったのか……。 「……ハハハ……」と虚しく笑うのみのわたしだった。
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