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11月22日(日) 小雪
![]() みごとな大根の葉っぱ。小さな天道虫が見えるだろうか……。 昨日の「懇親会」の模様はまだこちらに写真がとどいていないので、後日に掲載する予定。 新刊詩集ができあがる。正確には詩画集である。 なかむらてつや詩画集『luce』。 なかむらてつやさんのエッチングと水彩画が装画として10点ほどあしらわれている。 フランス装の箱入の瀟洒にして贅沢なつくりである。 なかむらさんにはお目にかかったことはなくわたしたちスタッフの間では「謎の人」なのであるが、たぶんこの詩集がはじめてのものであると思う。 「luce(ルーチェ)」とはイタリア語で「光」のこと。 それぞれ装画には、「橋ponte」「森foresta」「冒険家avventuriero」とか日本語とイタリア語で作品名が記されている。詩の作品の間におかれた装画は、作品とは関係なく描かれたものでありながら、詩と画がそれぞれの距離をたもち確実にひとつの世界をつくりあげている。 ひらがなを多くもちいて書かれた詩は、ひらがなのやさしい表情をみせながらもどこかなめらかに読み進むことを許さないような、がっつとした感触があってなんども詩のまえでリフレインしてしてしまうような不思議な余韻をのこす。 「未来」 といかけて まちへ よあけちかくのひとさじの未来 コーヒーひといろ 最初におかれた詩だ。 つぎの詩は担当のPさんのお気に入り。 「くつしたの約束」 なれるだろうか しろくまになれるだろうか ならないだろうか くろくまに なれないのだろうか あらいたてのくつしただと いつまでも なれないだろう すこしにおっていないと くつしたは なれないだろう もうすこし おおきくなって おおきくなれたら いっちょまえに いばって しずまりかえったくつしたを ひきつれてあるいてみたい そして最後におかれた詩 「その日の終りに」 ただひとことのただいまのあとから おかえりの栞がそっと瞼をとじている ![]() ![]()
11月21日(土) 波郷忌
![]() 柊の花の美しい季節となった。 今日はふらんす堂のスタッフの大活躍の日となった。 (途中にハプニングがあったけれど…) スタッフPさんは車に本やら景品やらを積み込んで、西日暮里の本行寺へとむかう。 今日はここで「一茶・山頭火の俳句大会」ご行われ、金子兜太氏と村上護氏の対談もある。後援をしている版元の本阿弥書店より電話をいただき、兜太さんの句集『日常』を30冊販売してもよいというお許しをいただいた。兜太さんがそこでサインをしてくださるという。 いっぽうスタッフ愛さんは、片山由美子氏指導のふらんす堂句会が午後よりありそちらへおもむく。今日は句会のあとで新宿のイタリア料理店で懇親会もあり、その準備を愛さんが張り切ってすすめてきたのだった。 特別ゲストとして高柳克弘さんをお招きしている。Pさんも「俳句大会」のあとは懇親会へと向かい、そちらを手伝うことになっている。なにしろ片山さんが用意してくださったビンゴの景品をたくさん車に積んでいる。 今日はあたたかな小春日和だった。 外出していたわたしの携帯が鳴った。愛さんからだ。出るや、 「大変なことがおきてしまいました!すみませーん」って悲痛な愛さんの声がする。 「どうしたの?」 「句会の日程を俳句文学館にまちがって報告してしまい、今日は会場はつかえなくなりました! どうしましょう!」っていうのだ。 ガーン! (しばらく絶句。よりによって、今日の日に、もうマイッタ。) どうしたもんか……。落ち着けyamaoka。 「そう、じゃ、どこかほかの会場をさがしましょう。どう?そっちでどうにかなりそう?」ってわたしゃ、こんなことしか言えない。 「ええ、いま俳句文学館の井越(芳子)さんがいろいろと捜してくださってます。片山先生も捜してくださってます」 「わかった。なんとか見つかるといいわねえ……、また連絡して…」 電話を切ったあとも、しばらく呆然とするばかりだ。 (うーむ。なんとかなればいいけど……) 日ごろはわたしとは違いへまをすることの少ない愛さんであるが、あらまあ、こんなところでわたしの真似をして愛さんったら…、でもどこか見つかるといいんだけど…。 きっとどうにかなるだろう。もう連絡を待つしかないな……。 そうして、しばらくしてふたたび愛さんから電話。 「良かったです!!吟行をしようということになりました。会場も片山先生が見つけてくださって」すこぶる明るい愛さんの声だ。 (良かった!!) ああ、今日の空はこんなに青かったんだ…。 わたしは大きく息を吸った。 句会も無事にすみ、Pさん担当の句集も兜太先生がサインをしてくださったおかげで完売し、いよいよ懇親会がはじまろうとしている。 やっぱりわたしも行こう! さっきからどうしようか迷っていた。 片山さんをはじめ、句会参加者のみなさん、そしてゲストの高柳さんにご迷惑をおかけしてしまったので、急きょ懇親会場にいって皆さんにお詫びをしようとおもったのだ。 しかし、今日のことはスタッフ二人にまかせたことだ。わたしが何でも顔をだせばいい、というものでもない。 その前にPさんに電話をいれてみる。 「どう?」 「みなさんとても和気あいあいとやってます」。華やいだ声が電話の向うから聞こえてくる。愛さんに電話を代わってもらい、わたしが言ってお詫びをしたほうがいいかどうか相談する。愛さんいわく、 「皆さんとても優しく、ねぎらってくださいました」ということ。 それは本当にありがたいことだ。 「良かったわねえ。じゃあ、わたしは行かないけど皆さんにくれぐれもよろしく申し上げてくださいね」 と、 やっとわたしはそばにあった椅子に腰をおろすことができた。 今日のふたつの会の様子は明日写真にて紹介します。 今日出席されたふらんす堂句会のみなさま、本当にご迷惑をおかけいたしました。 また、片山由美子さま、いろいろとお力をいただき助けていただきました。心より御礼をもうしあげます。 特別ゲストの高柳克弘さま、おどろかれたのではないでしょうか。でもこんなことははじめてです。おゆるしください。懇親会、みなさんと楽しんでくださったでしょうか。 井越さんをはじめ俳人協会のスタッフのみなさまにもご迷惑をおかけしました。つつしんでお詫びもうしあげます。
11月20日(金)
![]() 夜の新宿よりいまもどったところである。 ここは誰もいない仕事場。もうあとすこしで12時になる。 今日はふらんす堂より詩集『耳のなかの湖』を刊行された浦歌無子さんの出版をお祝いする会があって、わたしと担当のPさんが招かれた。 九州の福岡から浦歌無子さんと詩人の渡辺玄英さんがはるばるお見えになって、そこに川口晴美さんが加わりたのしいお祝いの会となった。 月に6,7冊はライトノベルを読むという渡辺玄英さんとボーイズラブなどのサブカルチュアが与える夢にどっぷりつかっている4人の乙女(?)たち(もちわたしもね)が意気投合しながら楽しいひとときを過ごしたのだった。 来年の夏は、この5人で是非コミケに繰り出しましょう!などと話はおもわぬ方に発展して、Pさんなどはこのジャンルは大得意なもんで、川口晴美さんと丁々発止で話が行き交い、 「ええっ、ふらんす堂さんって詩歌の出版社じゃなかったの」と渡辺さんに眼をまるくされ、 「はい、俳句という伝統的な文芸の本が中心のふらんす堂でございます」とわたしが声を大きくして訂正するなど、まさか現代詩を書いている人たちと「ボーイズラブ」の話ができるとは思わなんだ、とこちらもびっくりするなど、ほんとうに楽しいひとときだった。 ところで渡辺玄英さんはいつもお財布のほかに33300円を封筒にいれて持っておられるという。 「へえーそれはどうしてですか?」と聞くと、 30000円はお金をつかってしまって帰れなくなったときのための宿泊代、もしくは飛行機代として。 3000円はタクシー代として。 300円はコインロッカー代として。 と説明をしてくださった。 以前はこれに30円が公衆電話代としてあったということだ。 なあるほど。 わたしはすっかり感心してしまったのだった。 イタリア料理のお店をでたところで、記念撮影。 ![]() 左から渡辺玄英さん、浦歌無子さん、川口晴美さん。 詩集『耳のなかの湖』は、評判もよく出来上がりも美しく、浦さんはとても喜んでくださった。 川口晴美さんが詩集に付箋をはってきて、どこが素晴らしかったかをいろいろとていねいに語られ、わたしたちはふたたび浦さんの詩の世界に引き寄せられていったのだった。 「今度は仙川でまたお逢いしましょう」と言ってそれぞれが夜の新宿をあとにしたのだった。
11月19日(木)
![]() 「どうして、ふらんす堂っていう会社名なんですか?」 むこうの部屋からそんな声がする。 (ああ、来た。来た…。) 「ええっと、最初は仏蘭西堂っていう漢字を考えていたらしいですよ」 ってPさんが応対している。 (でもそれで返事になってるか?) 「はあ、で、フランスとなにか関係があるんですか?」 「いやあ、それほど直には関係ないようですねえ。」 「じゃあ、どうして?」 相手もなかなかしつこい。 (うまく言ってくれよ。) 「どうしてなんでしょうねえ。実は、よくわからないんです。わたしたちも…」 Pさんと律子さんがお相手しているのは、倉庫管理をお願いするようになった会社の営業マンさんおふたりである。 「はあ……」と納得しかねている様子。 やばい、Pさんがこっちにやってくる。 「説明がほしいようですけど…」 わたし、おおきくかぶりをふって、 「シカト!シカト」とひそかに叫ぶ。 そしたらすっかり聞こえてしまい、おふたりに苦笑いをされる。 Pさんったらその上に、 「シカトということです」と報告している。 (まったくこんな会社で申しわけない) 会社名にはやはりふかーーい意味づけがなくてはならない。 弱ったな…。 「どうします?また聞かれたら?」ってPさん。 うーーむ。 「んじゃ、こうしよう! これからみんなで考えるのってどう! たとえばさ、「ふ」は不思議の「ふ」とか、「ら」はラッパの「ら」とかね!」 「アハハハハ。それいいかも…」と愛さん。 「じゃあ、こんどの忘年会までそれぞれが考えてきてどれかいいのを採用しよう」 っていうことで、わたしたちは元気に笑い合ったのだけれど、これって会社名の由来になるんだろうか? ふらんす堂ですこし前に句集『茫茫』を刊行された岡本麻子さんがお手紙をくださった。 「ウン?なんだろう」って開封すると一枚の新聞のコピーが手紙をともに入っている。 「ややっ…」 大木あまりさんの連載している「あまり日和」という記事だ。これは山陽新聞で、共同通信が全国のかく地方新聞へ発信しているものだ。岡本さんは、「もうご存じでしょうけど」と言って送ってくださったのだが、知らなかった。 なんとわたしのことを書いてくださっている。 (いやあ、とうとうきたか…) 以前からあまりさんから「書くからね」と言われ、「いやあ、書かないでください」などと言っていたその記事だとおもう。 チョーはずかしい…。 でも文章を読んで行くと、「猫友」としてと書いてくださっているのがとてもうれしい。わたしの猫歴は浅く、人間以上に猫を溺愛しているあまりさんの足下にもおよばないのに、「猫友」としての市民権をいただきなんとも恐れ多い。「やったわよ」ってさっそく家に帰ったらわが家の猫たちにこのことを報告しよう。 セーターに猫の毛つけて一仕事 あまり 俳句が最後におかれているが、わたしも今日着ているセーターには猫の毛がたくさんついているはず。
11月18日(水)
![]() いただきものの豚肉の味噌漬けをみんなに分けてあげようと思い、あっちこっちに味噌をとばしたりセーターやらズボンにつけたりしながらクレラップにつつんでいたら、見事に遅刻しそうになった。 今朝も必死で自転車をこぐはめになる。 こういう時にかぎっているよのね……、カワイイヤツが……。 とおくにいるのをぐっとズームにして撮ってみた。 ちょっと暗いけどまっいいや…。 1月24日に開催される四ツ谷龍さんの講演会の広告をトップページにリンクする。 <第116回現代俳句協会青年部勉強会 四ツ谷龍講演 田中裕明「夜の形式」とは何か> もうすでに申し込みがはじまっている。人数が限られているので、希望される方はお早目に申し込んでいただきたいです。 かつてふらんす堂から句集『籠枕』を刊行された井手千二さんの第二句集をいますすめているのだが、担当の愛さんが感じ入ったように叫んだ。 「まあ、井出さんって大正八年の生まれですよ。っていうことは、1919年、ワイマール憲法が成立した年ですよ!」 って、さすが愛さん、博識というかめったやたらと知識がある。引き続き、 「サリンジャーも同じ歳っていうことらしいですよ」 「ええっ、サリンジャーってそんな歳だったの」 「ええ、しかも現役でまだ書いているらしいですよ」 1919年っていうと、金子兜太さんもおんなじだ。 井出さんもとてもお元気で電話の声もおおきくハキハキとされている。 「この方の俳句はいいんですよ、とても…」と主宰である山上樹実雄氏は、喜んで帯文を書かれる様子であると愛さんは言う。 どういうわけか、ひょっとしたら、いやあたぶん、ちょっと(ほんの数分)ラジオに出ることになるかもしれない。 まだ、はっきりと言えないのであるが、気軽にいいですよってよくわけもわからす宣伝になるからと思い言ってしまったのであるがあとから送られてきたFAXをみて、ギョッとした。 ええっ…… どうしよう…… スタッフたちがあわてふためいたわたしをおもしろそうに見ている。 「あのう、yamaokaはいないことに。」 「だめですよっ」 「それじゃ、みんながyamaokaっていうことに」 「あははは、じゃっ、じゃんけんして負けたものがyamaokaさんになりましょうか」 「そ、そうしよう」 あーあ、ホントにちょっと新しいストレスを持ち込んでしまった感があり、 どうなることやら……。 誰かわたしに毛のはえた心臓をプレゼントしてほしい!
11月17日(火)
![]() ピンオークの落葉。 夕方の初秋のふらんす堂はとても静かだ……。 それぞれがそれぞれの仕事に向きあい作業をしている。 パソコンに向かっているわたしの背中に水音がひろがる。 雨? そう雨なのだ。 ずいぶんとはげしく降っている様子である。 このところ念仏のように自分に言い聞かせていることばがある。 なにごともゆったりとていねいにやろうってこと。 あくせくしてそんなに生き急ぐなよ。って…。 先日お目にかかった若い俳人の神野紗希さんが、桂信子の俳句、 ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く という句がとても好きだって言っていたな…… ああ、わたしもとてもいい句だとおもう。桜がかがやいてくるようだ。 そう、「ごばんつぶをよく噛む」っていうことが大切なのかもしれない。この句がときどきわたしん中で蘇ってくる。 何年か前に買って読まずにほっぽり出していた文庫本を最近よみはじめた。 わたしゃ、こんな面白い本をよまずにいたんだって…。 そこにはこんなことばがあって、つぎつぎとわたしの胸を刺す。 人生の短さをなげく人間にむけられたことばだ。 しかし、われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている。 われわれは短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである。 こりゃ、まったく申し開きできない。 しかも、 実際多忙な人にかぎって、生きること、すなわち良く生きることが最も稀である。また、生きることを学ぶことほどむずかしいことはない。 ようく、分かります。ハイ。 「パウリヌス君よ」という呼びかけではじまるこの文章は、古代ローマのストア派の哲人セネカのことばだ。『人生の短さについて』のなかの一文である。 目先5ミリのことしか見えず、考えず、ごはんつぶは飲み込むようにして生きてきたわたしをいま立ち止まらせている文章だ。 でも、もっと早く出会いかったな…。 しかし、解説によるとセネカ自身が、「弁論家であり政治家であり、要するに公的な事件の中の人であった。彼の著述は彼自身の実際的な立場から出発して、彼自身の必要に応じたものと言ってよい。それだけに、言うところは哲学者とは違った説得力があり、そこが一種の魅力になっている」と。 つまり忙しい中にあってごはつぶをよく噛みしめながら熟考して生きていたのだろう。 2000年以上も前に生きた多忙な人のことばが、シッチャカメッチャカに生きているおばさんのこころをものすごく刺激的に慰めてくれるっていうのも不思議でおもしろい。 まあ、ともかくもごはんつぶはしっかりと噛みしめて生きましょう。 朝日新聞の昨日の記事を今日も紹介します。 「田中裕明賞を創設 ふらんす堂、若手俳人育成狙って」
11月16日(月)
月曜の朝だっていうのに、遅刻しそうだ。 大急ぎで自転車にまたがる。 今日はそれほど寒くない。手袋の必要もないな…。 いつもの角をまがって、今日もきっといないだろうなあ……ってのぞくと、あららら、いるじゃない! 遅刻しそうだってわかってても、やっぱり降りちゃうよね。 ![]() あんまり近くにいけない。精一杯ズームにして、やっとこの程度。 お母さんと子どもたち、なんとも小春日和の風景です。 さて、今日の朝日新聞には、「田中裕明賞の創設」のことが、文化欄に大きくとりあげられている。 実は最初新聞をよんだとき気がつかなかったのだが、友人からの電話であらためて知ったのだ。 「あなた、大きく出てるわよ。田中裕明賞のことが…」 「ええっ、本当?!」 と、わたしは洗濯ものを干している手をとめ、洗濯物を放り出しと猫たちといっしょに一階へとすっとんだ。 おお、おお、出てるではないか。 佐々木正紀さんの記事だ。4人の選者の方の名前もきちんと書かれ、田中裕明さんと親しかった小澤實さんにコメントを貰うという行き届いた記事である。 笑っている田中裕明さんがいる。 フーム……。 新聞をじっとながめながら… 田中裕明という俳人がきちんと顕彰されるためにも賞を厳正な充実したものとしていかなくてはいけない。 と、あらためて気持がひきしまる思いがする。 また今日の朝日新聞では、「風信」に三嶋八千穂句集『花野』が紹介されている。 ブレーキを踏む花吹雪殺到し 「晩年の山口誓子の近くにあった著者」「幸せな時間が見える」と。 すこし前の讀賣新聞、10月28日の夕刊の記事では、西村和子さんが月評に安東次男拾遺句詩集『流火草堂遺珠』を紹介している。 かの耀よふ雪嶺のもとに生を享けし うばぐるま突きはなしたる花吹雪 などをあげ、「抒情あふれる句に若き日の苦悩が垣間見られる点興味深い。故人の作品を愛する人の丁寧な仕事が形となった一書といえよう」と編者の中村稔氏のこのたびの労に讃辞をおしまない。 先日、長谷川櫂さんのお仕事場におじゃましたわたしたちであったが、そのお一人の関悦史さんが「訪問記」を「豈ウイークリー」の閑中俳句日記(17)長谷川櫂氏の仕事場訪問」として書かれている。関さん独特の観察眼でちょっと長いのだが面白い。 ああ、関さん、あの時こんな風におもってらしたんだ、って。 寝る前にメールをチェックしたところ、四ツ谷龍さんからメールが…。 そこに「山岡さん、田中裕明賞の記事の件、私も昼休みにネットサーフィンをしていて、asahi.com で見つけました。」とあって下記のアドレスを教えていただいた。 「田中裕明賞を創設 ふらんす堂、若手俳人育成狙って」 ぜひ、アクセスを。
11月15日(日)
![]() 新宿に出る。 午前中は個人的な用をすませ、午後からはひとつ打ち合わせがある。 四ツ谷龍さんと橋本直さんにおめにかかる予定である。 かねてからこのことについてお話をしてみたいという思いがあった四ツ谷龍さんの講演が確定した。現代俳句協会の青年部の人たちが中心になって、ふらんす堂も共催というかたちでお手伝いをさせていただくというものである。 テーマは「田中裕明『夜の形式』とは何か」 22歳のときに田中裕明さんが書いた「夜の形式」の文章をとおして、「夜の形式」とはどのような形式かを四ツ谷龍さんが考察するという内容である。スライドやオーディオにより、「夜」をテーマとした絵画や音楽を紹介しながら、裕明俳句との共通性をさぐるというものだ。 ほかに第二部として魅力的な企画もある。「田中裕明の人と作品」というテーマで、森賀まりさん、対中いずみさんなど「静かな場所」のメンバーの方何人かをお招きして、田中裕明の作品やその人となりについて話していただこうというものだ。多くの方は関西方面でいらっしゃるので、日ごろお目にかかれない方たちにお目にかかってお話をうかがうという貴重な時間となると思う。 今日の打ち合わせで場所と時間などほぼおおよそのことが確定した。 ふらんす堂はホームページを中心に広告をする予定であるが、一応記しておきます。 なお第2部のあとで「懇親会」も予定されています。 日 時 2010年1月24日(日) 13時15分から17時 場 所 新宿文化センター第一会議室 4階 〒160-0022 東京都新宿区新宿6-14-1 (最寄駅・地下鉄 新宿三丁目 または 東新宿駅) 参加費 1000円 定 員 50名(受付順) お申込み お問い合わせ 現代俳句協会青年部 〒101-0021 千代田区外神田6-5-4 偕楽ビル7階 電話 03-3839-8190 FAX 03-3839-8191 email=genhaiseinenbu@yahoo.co.jp お問い合わせはふらんす堂でも受け付けております。 電話 03-3326-9061 FAX03-3326-6919 email=fragie@apple.ifnet.or.jp 新宿のルミネの6階にある「アマポーラ」というスペイン料理のお店で、四ツ谷さんおすすめのパエリアを食べならがら、いろいろと打ち合わせをしたのだった。 四ツ谷龍さんは「田中裕明賞」の選考委員のおひとりでもある。 来年は田中裕明賞の第1回の受賞発表もある。 いろいろと忙しくなりそうである。
11月14日(土)
![]() いまはもう夜の9時近い。 仕事場で、メールの返事などを書いてこのブログを書き始めたが、実は、またやってしまった。 おおまちがいのとんちんかん を。 昼前のことだ。 約束の場所にいくと誰もいない。 ………………。 おかしい。 逢うためのひとりに電話をする。 「アハハハハ、一週間まちがえたんだよ!」 「くうっー」 「じゃ、いまからこっちにおいでよ…」 「わかった…」 ということで、俄然時間ができてしまったわたしは、その方の近くの薬草公園などにたちよって冬の紅葉のなかに身をしずめたりしたのだった。 午後からは雨もやんで、いっそう鮮やかな色となった木々をみあげて思いもかけないゆったりとした時間を過ごしたのだ。 いろんな鳥たちがそばによってきたりして、聖フランチェスコになった気分だ。 だれ! 聖フランチェスコを気取るには間抜けすぎるって! フン! 小さいことには囚われないタマシイを持ってんの!。 ![]()
11月13日(金)
あらまあ、今日は13日の金曜日だったのね。 さきほど出先からもどって誰もいない仕事場のわたしの机までくるとメモが貼ってある。 「鷹羽狩行先生から電話がありました。遅くともよいので電話してください」とある。 さっそくお電話をするとすぐに鷹羽先生が出られ、 「まだ仕事をしているの?」と言われるので、「ハイ、貧乏ひまなしです。まだこれから一時間ほど仕事をします」と笑いながらお答えすると「あなたもがんばるねえ」とやはり笑いながらおっしゃる。 ほんと、わたしがんばってるなあ。 今日は4時半からお茶の水の山の上ホテルで「件の会」の方々による「さろん・ど・くだん」があり出席する。今回は「佐佐木幸綱さんとの夕べ」ということで歌人の佐佐木幸綱さんをむかえていろいろとお話をうかがうということである。金子兜太さんも特別ゲストでいらっしゃるらしい。 しかし、わたしは6時半までに、林翔先生のお通夜にうかがわなくてはならない。 残念ながら、5時半にて、ちゃんとお話を聞けないまま退席することになった。兜太さんにはなんとかごあいさつができたのであるが、「兜太先生、これで失礼をいたします」と、なんともお目にかかるや否やのさようならである。 林翔先生のお通夜は、あいかわらずのドジぶりで、地図をわすれまったく反対方向に出てしまったりで遅刻をしてしまった。 会場には林翔先生の色紙や短冊、書籍がかざられている。 第10句集『光年』もある。 印象的な写真があった。 ![]() ちょっと映像があらいのだが、誰が誰であるかおわかりだろうか…。 向かって左端が能村登四郎、真ん中が林翔、そして右端が福永耕二である。 すべて故人となってしまった。 みなとても若い。 そして、会場でおめにかかった俳人の方3人。 こちらはバリバリ現役の俳人のかたたち。 ![]() 向かって左端が森岡正作さん、「沖」同人で「出港」を主宰しておられる。 真ん中は中原道夫さん。今年二つ句集を刊行されいよいよ精力的な仕事ぶりである。 そして右端が広渡敬雄さん。ふらんす堂から句集『ライカ』を今年刊行された。この句集はとても評判になったものだ。 そしてとてもなつかしい句集をみつけた。 林翔先生の第3句集『石笛』だ。 これは牧羊社時代にわたしが担当したものである。シリーズに入って下さるようにお願いし、帯なども一所懸命書いたものだった。奥付をみると昭和55年(1980)刊行とある。なんと、もう30年近くたっている。 ![]() しかし、わたしもこの業界古いなあ……。 昨日の「増殖する歳時記」は、三宅やよいさんによって山西雅子句集『沙鴎』より。 拾ひたる温き土くれ七五三 あたたかな日差しのなかの子どもの晴れ姿が浮かんでくるようだ。土くれが子どもの生命と響き合っている。
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